終戦、その19~ハイランダー家⑰~
「何を言う! 自らの国を王が滅ぼし、その様を皇女2人に見せるだと!? そんな馬鹿な話があるものか! いくら他国の人間でも、言ってよいことと悪いことがあるぞ!」
「・・・たしかにただの勘かもしれない。だけど、俺はアルネリアの最高教主と直接話せる立場にある。その彼女の見解でもあるんだ。ローマンズランドにはそもそもアルネリアの介入を嫌っていたけど、スウェンドル王になってから特に酷くなった。だけど、思い返せば、カラミティの本体と思われるオルロワージュが登場した時期に特に酷くなり、アルネリアは逆にローマンズランドに注目するようになったって。それまでは良くも悪くも、不干渉、無視に近い状態だったのに。あれがもしかすると、スウェンドルの言葉にできない訴えだったとしたら」
ジェイクの言葉に、ミラは言葉に詰まった。ミラはその当時、まだ幼く政治の事情がわかるわけではないが、スウェンドルの傍に仕えて聞いていたほどの暴君ではなく、むしろ傍仕えの者には細かな配慮すらあると感じている。だからこそこんな状況でも、スウェンドルの近侍たちは誰も王の傍から離れようとしない。
そしてルイにも思い当たることがある。ルイも出奔した立場だが、アマリナを始めとして、立場はそれほど高くはないが、年若く有能な臣下の出奔が続いているとの噂はあった。それこそがローマンズランド崩壊の序曲だったとして、もしスウェンドルがそう仕向けていたのなら。あたら有能な若手を死なせないための配慮だったのだろうか。
そして立場に縛られた者たちも、今回の遠征で一敗地にまみれれば、少なくとも捕虜となった者たちは生きながらえることができる。その時正統の後継者――皇子としては第二皇子のブラウガルドがより為政者として有能とされていたし、竜の証を持つ正当性を語るのであればアンネクローゼが妥当ともいわれていた。国を再興するのであれば、脱出した王族では誰もついていかないだろう。だがアンネクローゼとブラウガルドであれば、再興の望みも託せるということか。あるいは遠征が上手くいけば、それはそれでいいのか。
そしてアンネクローゼが生き延びる手段として、イェーガーを招き入れた。そういうことかと、ルイは何かが一つに繋がるような感覚を抱いていた。
ルイは思わず王城を見上げた。王城は吹雪と厚い雲に覆われ、どうなっているか見当もつかない。だが近衛に選ばれるミラの腕前ならば、なんとか行けなくもないだろう。スウェンドルに真意を問いただしてみたい。ルイですらそう考えているのだから、ミラももはや動かずにはいられないだろう。
「わかった、王城に行こう。私も近衛として、王のお考えを伺いたい」
「でもこの吹雪だよ、行ける?」
「例年よりは弱い。この季節はもっと強く吹雪いていることもあるが、これくらいなら何とか添え竜も使って全員で上がれるはずだ」
「でも、俺たちは王様とやらに会うわけにはいかんでしょう」
「そうだな・・・だが私の客だと言えば、いきなり手打ちになるようなことはないはずだ。そのくらいの権力はあると信じたいな」
ミラの言葉を受けて準備を始めた一行だが、ジェイクが突然の悪寒に固まった。手綱を掴んで竜に乗ろうとして、そのままの姿勢で動かないでいるジェイクを見て、ミラが声をかけた。
「どうした、ジェイク殿」
「・・・まずい」
そう告げたジェイクは、一見してわかるほどに冷や汗をかいていた。竜舎は気温調整がある程度できるので面体を上げているが、それだけであせだくとわかるほどの量である。
レクサスがジェイクを見て、それと同時に足が震えるほどの悪寒を感じた。かつていないほど、嫌な予感がする。それはつまり――
「ジェイク少年。これ――まずいっすよね?」
「ああ、まずい――もうここに来た手段は使えないかもしれない」
「俺とルイさんは残るっす。何がなんでも三の門をブチ破らないと、ひょっとして俺らここで全滅ですか?」
「勘だけど、確実にそうだろうね」
「まいったな」
レクサスの表情が歪んだ。ルイをして、レクサスがここまでの危機感を滲ませるのは初めて見た。それを見ると、ルイは自ら飛竜から飛び降りた。
「すまない、ミラ。任せていいか?」
「姉さんまで。何があるの?」
「私はこの男の勘を信じている。この男がまずいというなら、本当にまずいのだろう。私はここで可能な限りできることをする。ミラはそうだな――アルフィリースが上にいるのなら、その指示通り動いてくれ。それが一番確実だろう」
「アルフィリースの? 私、ローマンズランド王の親衛隊なのだけど?」
「何が正しいかは自分で見極めるんだ、ミラ。生きてこそ何かを成し遂げられもするが、死ねばそれまでだということを忘れるな」
ルイの切実な声にミラは言葉に詰まり、黙って頷いた。もう一つ、レクサスは思い出したようにミラに尋ねた。
「そういえば、フリーデリンデ天馬騎士団の天馬はどこに?」
「となりの竜舎だ。天馬は大事な戦力だし、親交のある我々には世話のやり方を知っている者もいる。さすがに無碍な扱いはされていないと思う」
「ルイさん、確認しておきましょう。彼女たちが便りかもしれない」
「わかった。ミラ!」
ルイはジェイクを背に乗せ、飛竜を走らせ始めようとする妹に声をかけた。
「無事で。酒でも飲みながら語りたいことがたくさんあるんだ」
「・・・ええ、私も。たくさん聞きたいことがあるわ」
それだけ語ると互いに背を向け走り始めた。その道すがら、ルイもまた異変を直に感じ取っていた。
「レクサス、私にもおかしいとわかってきたぞ」
「何がです?」
「髪色を見ろ」
洞穴に佇む氷柱のような髪色が、徐々に薄まりつつあった。毛先は既に茶色に変化しつつある。
「姐さん、どうして呪氷剣の解除を?」
「していない」
「え?」
「解除していない。勝手に力が薄まりつつあるようだ。まずいぞ、これは」
レクサスに続き、ルイの表情もかつてなく強張りつつあった。未知の出来事が起ころうとしている。ルイは悲鳴のような吹雪の音が弱まるのを聞きながら、たしかにそう感じ取っていた。
続く
次回投稿は、12/15(金)19:00です。