終戦、その17~ハイランダー家⑮~
死んだな。そうレクサスが考えた時には鼻先に相手の刺し口が迫っていた。非常にゆっくりに感じられる死の間際の瞬間、相手の攻撃がさらにゆっくりとなった。はっとしたレクサスは、身をよじって攻撃を避けようとした。
「くわっ!」
「レクサス!」
ルイが剣を手にかけるが、ミラを背負っていて抜けない。レクサスも受け身も取れず、雪の上にうつ伏せに着地することになり、それから体を思い切り起こしてようやく、頬が傷ついただけだと気づく。
口に入った雪を吐き出しながら顔を上げると、そこにはジェイクが静かに立っていた。抜かれた剣についた血を振り払うと同時に、壁に張り付くようにしていた蟲の体がずるりと二つに割れて落ちた。
絶命した蟲を確認すると、ジェイクは安堵したようにふぅと息を吐いた。見ればジェイクの通ってきた道だろうか、暴風と雪で限られた視界の中にも蟲の死骸があちこちに転がっていた。無数の蟲をなぎ倒しながら、彼はここまで一直線に来たようにみえる。
「間一髪だったみたいだね」
「・・・どうしてここに? 俺に任せろって言ったはず。それに神殿騎士団は、別の局面を受け持つ予定でしょ」
「ここが一番危ないと感じたから。そして、ここで勝てるかどうかが次の局面で大事だと思ったから、独りで来た」
「勘かい?」
「もちろん」
そう言い切るジェイクの表情は怒られる少年のようでもあり、騎士として己の信念に基づいた行動を取ったという自負にも満ち溢れているようだった。
不可解な行動ではあるが、それに助けられたレクサスは素直に礼を述べた。
「助かったっす。借りを作ったようっすね」
「あるとき払いでいいよ。それに、それどころじゃないかも」
「戦いが?」
「激しい。そこかしこで凄い数が死んでる。どこから行くべきか考えていたんだけど、ここに足が向いたってことはおそらく――」
ぶつぶつと考えを述べるジェイクを見て、レクサスは不思議な少年だと思った。ここに向かう洞窟でこの上なく緊張していたのに、今の堂々とした態度を見る限り、まるでベテランの騎士としか見えない。なのに今緊張がほどけてみれば、やはり新米のようにも感じられる。
何かの特性か。レクサスが推測を立てようとするが、今はそれどころではない。こうなってはジェイクの言うとりに動くことが最善かもしれないと直感が告げていた。
「なんでもいいんですけど、次にどこに行くべきか教えてくれません?」
「――そうだね。それならまずは、そのお姉さんの相棒の場所に行こうか」
「竜舎ですか? 場所がわからないかも」
「多分わかる。私が出奔した時と変わっていなければだが」
ルイがやや渋そうな表情で案内することを申し出た。みちすがら、ジェイクがリサから預かったという気付け薬でミラを目覚めさせ、竜舎に向かう。途中ではジェイクの指示どおり動くことで、ほとんど危険を避けることができた。センサーでもないのに、どうして。そんな疑問も湧いたが、余計なことを口にして精霊がかったようなジェイクの直感をなくす方が恐ろしくて、ルイもレクサスも口にすることはない。
何の特性なのかレクサスは想像もつかないままだったが、竜舎に到着した途端にジェイクは何を考えたのか、唸り始めた。愛竜に声をかけながら行き先を聞いたミラに対し、ジェイクは開口一番とんでもないことを言ってのける。
「よし、このままスウェンドル王のところに乗り込もう」
「「「は?」」」
これにはミラだけではなく、レクサスもルイですら唖然として口を開けてしまった。この乱戦の中、援護も期待できない状態で敵の本丸に乗り込もうというのか。だが言われてみて、ルイもレクサスもはっとする。誰も思いつかないからこそ、有効な一手になりうるのか。
だが真っ先にミラが反対した。
「スウェンドル王の下に赴き、どうするのだ?」
「カラミティを探して討つ」
「王はいかがする」
「必要ならば王も討つ」
「私はその王の近衛だぞ?」
ミラが緊張した表情でジェイクを見据えたが、ジェイクはその返事を聞いても一寸も動揺はしなかった。
「若き神殿騎士殿。助けられたことには感謝するが、王を討とうという者をむざむざ案内するわけにはいかぬ」
「では逆に聞くが、王でありさえすればそれが化け物でもあなたは従うのか? あなたの家も含めた、全ての不幸の原因だとしても?」
「家? そういえば、私は実家にいたはずだが――」
ミラはルイの背中で目が覚めてから茫としていたが、そこで初めておかしな状況であることに気づいた。実家で寝ていたはずなのに、どうしてこんなところにいるのか。レダは、エルリッヒは。よくよく思い返せば、ハイランダー家に胡乱な連中が出入りしていたことを、見咎めたような記憶がある。どうもはっきりとしないが、思い返そうとするのをルイがとどめた。
続く
次回投稿は、12/13(水)19:00の予定です。