終戦、その16~ハイランダー家⑭~
「エルリッヒ、ミラはどこだ?」
「・・・2階の自室。拘束はしているけど、大きな怪我はないはずだよ」
「そうか」
ルイはそれだけ告げると、崩れ行くエルリッヒに背を向けて走っていった。縁を切ったということなのか、崩れる弟の最後を見たくないのか。それはその背中から窺うことはできない。
それとも、代わりにレクサスが見届けるのか。レクサスはじっとエルリッヒを見つめ、その最後まで見届けるつもりのようだ。あるいは最後まで油断しないということか。エルリッヒはふっと笑って、言えるはずのない言葉をつぶやいた。
「――だ」
「え?」
「カラミティの本体の名前だよ。それがハイランダー家にエクスペリオンをもたらしていた。僕の前にも現れたから間違いない、あれがカラミティの本体だ。ひょっとしたら、本体を倒せば、全部止まるかも」
「なぜそれを」
「死の間際で制約が緩くなったみたいだ。それに――」
「それに?」
「僕たちがこうまでしてしがみつかないといけなかった国は憎いけど、崩れ去るのもちょっと悲しいと思ったんだ。憎んでも、愛してもいた。家族だって――あぁ、空しいな。何も、ない――」
その言葉を最後に完全にエルリッヒは砂に還った。その亡骸に、しばしレクサスは見入っていた。同情したからではない。彼の虚しさがわかるような気がしたからだ。
故郷はない、戦う理由もない。ただ強いだけで、戦いで勝ててしまう。それだけの人生に、どのくらいの意味があるだろうか。ブラックホークであれば、少しは意味ができるだろうかと思って戦って、まだ意味は見えない。
レクサスはルイの後を追おうとして、足元がふらついて思わず壁に手を突いた。戦いも激しいものだったが、それ以上に集中力を使ってしまった。さきほどのエルリッヒの虚をついた仕掛けも、ダリアと先に戦っていなかったらもっと際どかったはずだ。ルイが魔術で相手の足元を崩したのだって、正攻法ではなんどやりあっても勝てないベッツから一本取った成功体験がなければ、いざという時の合言葉がなければ。絶対にできなかったことだ。
薄氷の勝利。しかもダリアの言葉が正しければ、さらに上位の個体がいるだろう。エルリッヒが貴族級ならば、王級の個体と出会ったら確実に負ける。一度戻るべきだろうが、そう上手くいくものか、と考えていると、ルイがミラを背負って歩いてくるところだった。
「遅いぞ、レクサス」
「すまないっす。妹さんの意識がないんですか?」
「ああ、一度退いてアルネリアのシスターに見せたいが、そうはいかないだろうな?」
「おそらくは。まぁとりあえず、外に出てみましょう」
レクサスが慎重に外の様子をうかがうと、やはり外からは戦いの喧騒が雪風に乗って聞こえてきた。ここに侵入してきた部隊と神殿騎士団がイェーガーの仲間を解放し、今頃三の門を内側から攻め立てているだろう。同時に、各所で人質を助ける作戦も並行して行っているはずだ。
いかに惰弱と言えど、ローマンズランド陸軍は万を数える。しかもエクスペリオンによる補助と、カラミティの蟲の支配付き。それらを超えて彼らを倒すことがどれほどの苦労となるか、想像もできない。
レクサスが外の様子を窺いながらそんなことを考えていると、頭上に殺気を感じた。くるりと振り向くと、カラミティの蟲がその刺し口を突き下ろすところだった。
「あっ」
今まで戦った蟲に鎌の変形が多かったせいで、この攻撃を予測していなかった。それだけではなく、振り向くのではなく首を引っ込めるべきだった。そんなことも咄嗟にで判断できないほど疲労していたのか。レクサスの後悔は先に立たない。
続く
明日12/9(日)投稿予定です。ひょっとすると2話投稿するかもしれません。