終戦、その15~ハイランダー家⑬~
一合、五合、十合。一振りごとに鋭くなるエルリッヒの攻めを、レクサスは回避し続けた。二十合を超えたところで、たまらず苛立ったエルリッヒの剣が大振りになる。
「ここだっ!」
防戦一方のレクサスが攻めに転じた。エルリッヒの攻撃に剣を添えるようにして加速させ、体勢を崩しにかかる。エルリッヒの体が大きく流れ、背中が見える。決定的な場面に見えるその間で、エルリッヒが不敵に笑った。
「かかったな」
エルリッヒの背中を突き破るようにして、虫の鉤爪のようなものが出現した。必殺の間合いでレクサスをとらえたはずのその攻撃は、エルリッヒの期待と違って空を切った。
「え?」
「かかったのはそっちでしょ」
エルリッヒは危険を感じて離脱しようとして、足元が動かないことに気づいた。見れば、ルイの作ったであろう氷が樹のように変形して足をがっちり固定していた。体そのものが凍らずとも、これでは動くことができない。
「こんなもの――?」
足を振りほどこうとするその一呼吸で、レクサスが七度剣を閃かせた。その七度が全てエルリッヒの急所を切り刻む。
最後の抵抗を試みるエルリッヒだが、その彼に無情にも地面に転がっていたレダの槍を突き刺したレクサス。間近で交錯する瞳を見て、エルリッヒは敗北を悟った。レクサスの目には、微塵の油断すらない。少しでも抵抗すれば、今度こそ膾切りにされる。
「なんて剣士だ。これなら最初から――」
「全力を出そうが、魔術を使おうが同じですよ。読み切って俺たちが勝つでしょ」
「・・・そうかもね。もうちょっと得意げにしてもいいんじゃないの?」
「油断はしないっす、最後までね」
エルリッヒはなんだか納得した。一対一なら勝ったかもしれないが、それでも負けは負けだ。それもまたエクスペリオンからの経験でわかっている。この経験の中の大半は、卑怯な方法を使われたりの苦い負けだ。それでも、死ねばそれまでだともわかっているのだ。
だけども、負けるならこの相手でよかったかもしれないと思う。なりきれなかったとはいえ武家の男子として、エクスペリオンのすべての経験に勝るほどの剣士2人と戦って死ねる。それはどこかで考えた最良の結末のように思えた。
そんなエルリッヒの感慨を打ち消したのは、レダの狂ったような哄笑だった。
「アーハッハッハ! これでハイランダー家も、ローマンズランドもおしまいだわ!」
「・・・最初から終わっていたよ、こんなことになって」
苦しそうなルイが吐き出すように反論したが、同じようにレダも苦しい表情となった。
「馬鹿ね。まだ人間の戦争の範囲内で終わらせられたって言っているのよ。どんなに悲惨でも、人間が人間を嬲りものにする。その程度で終わらせられたのに、もう遅いわ」
「どういうことだ?」
「さぁね。言わなくたってわかるでしょ」
レダはエルリッヒの急所を正確に切り刻んだレクサスを見た。レクサスにもなんとなくもうわかっている。
「カラミティと取引していたんすか」
「あれを対等な取引と呼べるのならね」
「あんたにこの話を持ち掛けた奴は誰です? それがカラミティの本体でしょう」
「教えると思う? せいぜい最後までもがいてあがいて絶望するがいいわ。今の私みたいにね――?」
毒を吐きながら憎悪をまき散らすレダの額を、エルリッヒが吐き出した蟲が貫いた。脳を破壊されたレダの瞳がぐるりと反転すると、そのまま後ろに倒れて動かなくなった。それだけの余力があることをレクサスはわかっていて、エルリッヒもまたレクサスにはこの手が通用しないことをわかっていた。
最後の力を振り絞った一撃に、エルリッヒの体が砂細工のように崩れ始めた。
「レダ姉さんが僕たちを憎々しく思っていたのは本当だと思う。だけど決してそれだけじゃなかった。同時に大切にも思っていて、父上のことも尊敬していて、ヴォルターナ侯爵も愛していたと思う。全てはエクスペリオンのせいだ」
「何それ、懺悔っすか?」
「そうじゃない、あれをこの世から駆逐してほしい。あれの本当の作用は、知識と経験のの蒐集。後で作られるものほど、効果が高くなるはずだ。今回の戦いも蓄積されるかもしれない。そうしたらいずれ、エクスペリオンを服用したただの人間に、大陸有数の戦士が勝てなくなるかもしれない。それは間違っている」
それが本当なら由々しき事態だ。だがエクスペリオンを作れる個体は、あの地下で死んだのではないのか。レクサスはその言葉を飲み込んだ。まだ何が真実かを判断する時ではない。
ルイが近寄ってきた。その瞳は複雑な感情で揺れているが、もう何をすべきかで悩んでいる様子はない。
続く
本日もう一話更新予定です。23:00頃でしょうか。