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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その14~ハイランダー家⑫~

 構えたレクサスに、エルリッヒがぴくりと反応する。本能が告げる。この男は、姉のルイよりもよほど脅威だと。

 エルリッヒに本当の意味で、戦いの経験はない。だが彼にこの上なく同調したエクスペリオンは、あたかも自分の経験であるかのように戦闘を教えてくれた。訓練では、得意げに指導という名目の虐めを行おうとした陸軍の同期を容易に叩きのめしてみせた。上官との手合わせでも、わずか数度の訓練で完全に凌駕してみせた。竜騎士団に所属するエリート軍人との手合わせでも、10回も数えぬほどに問題なく制圧できるほどになった。既にローマンズランド軍内でも、上位の使い手になった自負がある。

 さきほどのルイとの手合わせでも、最初こそ後れを取ったが、ルイの戦いぶりを盗み見るだけでついていくことができた。冷気を纏った剣さえ問題にしなければ、さほど脅威となるだけの圧倒的な技術を持っていないことがわかったからだ。女にしては相当に強い。だがそれだけだとエルリッヒは断じた。膂力では後れを取るわけがなく、致命傷さえ負わなければ脅威となることはない。

 だがレクサスが目の前に現れた瞬間、全身が警戒を告げるように筋肉が強張った。このような剣士との経験は、エクスペリオンに蓄積されていない。その事実が、どれほどこの男が脅威なのかを告げていた。

 瞬く間にエルリッヒの顔から感情が抜けた。それだけでも、レクサスは相手の脅威を感じ取ることができる。油断してくれていれば楽になったのだが、そうはならないらしい。


「騎士級――いや、それ以上っすね。でも――行く」


 先に戦ったリゲラよりも数段上。先ほどは容易に蹴飛ばせたのに、もうその隙がない。戦いが長引くほどに、対峙する時間が長いほどに厄介な相手となるだろう。

 レクサスはあえて正面から、歩くように斬り込んだ。ぎりぎりまで引きつけ、相手に動かせてから後の先を取る。エルリッヒもそれがわかっているから限界まで動かない。ルイはレクサスの後に続くが、このような展開となることを見たことがない。一番戸惑っているのはルイだったが、レクサスを信じた以上は彼の動きに合わせるのみだ。

 両膝から下がないレダが、思わず痛みを忘れて息を飲んだ。いつ動く、いつ動く。レダですらわからぬほど、互いの息がかかる距離に接近すると、一挙に2人の姿が揺れて見えなくなるほどの斬り合いとなった。


「ぐっ」

「ちっ」


 深手を負ったのはエルリッヒ、顔を歪ませたのはレクサス、驚いたのはルイ。初手でルイが斬り込む隙を、レクサスが作れなかった。長引けば不利であることはルイもレクサスも感じていた。だから一合で決めたかったはずなのに、できなかった。

 それがわかっているから、エルリッヒの顔が喜色で歪んだ。おそるるに足らず。深く抉られた肩口の傷が見る間に再生しながら、勝ちを確信したかのように笑ってみせる。

 それでも、背中しか見えないレクサスの声は冷静だった。


「姐さん、爺さんとの稽古どおりに」


 ルイの返事を待たずしてレクサスが斬り込んだ。そこに一合ごとに鋭く、速く重くなるエルリッヒの剣が襲い掛かる。その剣をレクサスが捌く、捌く、捌く。レクサスの剣もそれなりの業物だが、ローマンズランドの剣は無骨な造りで、「斬る」よりも「叩き潰す」に近い。あれほどの剣を受けて刀身が歪みでもしようものなら、それだけで技が狂う。

 レクサスは接近するだけではなく、ぎりぎりで剣が届かない距離を取りながら絶妙にエルリッヒとの間を外していた。エルリッヒが勝負を決めたいときに離れ、牽制を入れることでエルリッヒに防御させる。エルリッヒは頭では防御が不要だとわかっていても、エクスペリオンが伝える経験が否が応でも彼に反応をさせてしまう。


「くそっ、なんだこれは!」

「・・・なるほど」


 優秀な指揮官が多すぎる軍隊は機能不全に陥る。その格言をレクサスが思い出す頃、ルイは一番隊隊長のマックスと出会った頃、最初に言われたことを思い出していた。


「(2人で二番隊か。七番隊じゃないんだな、凄いなお前ら)」

「(違いがあるのか)」

「(ああ。一番隊は諜報を。三番隊は依頼をこなす傭兵としての役割を。四番隊はいくさごとが専門。五番隊は対人戦や汚れ仕事を。六番隊は魔獣の掃討を請け負っている。ヴァルサスとは付き合って長いが、二番隊は旧来汎用性が高い部隊として運用していた。以前の隊は大人数だったんだがな)」

「(つまり・・・どういうことだ?)」

「(おまえら2人でその汎用性に足るってことだよ。初見でお前たちはそれだけの信頼を得たのさ。それと、ベッツの爺さんがしょっちゅう絡んでくるだろ? あれにも意味がある)」

「(ただ面倒なだけだが)」

「(そう邪険にしてやるな。ベッツの爺さんは見込みがあって、伸びる奴しか相手にしねぇ。完成したと思われたら、手合わせはしてくれなくなる。俺なんて、もう何年も鍛えてもらってない。これから先、爺さんが手合わせをしてくれるうちはお前ら、まだまだ強くなるよ。楽しみにしておけ。俺の知る限り、大陸で最高の剣士の一人だ。対人戦が得意だが、魔獣相手にも引けを一度も取ったことがない爺さんだ。お前の所のレクサスも多分そうだろ。上手いこと活かせよ)」


 レクサスを活かす。そんなことは言われずともわかっているが、何も言わなくてもレクサスが自分を活かすとルイは感じている。何もかもがふらふらした男だが、こと戦いにおいて2人で戦う時の主導権はレクサスにある。ただレクサスを信じて隙を待つ。もしレクサスが押し切られるようなことがあれば、その時は2人まとめで死ぬだけだというくらいの信頼は置いているつもりだ。



続く

本日もう一話投稿するかもしれません。適宜SNSでも投稿したら呟きます。駄目なら明日12/8(金)19:00を予定です。

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