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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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傍らに潜む危機、その3~初めての実戦~

「あ、ああ・・・」

「なんでこんなところにまじゅうが」

「理由はどうでもいい。それよりどうやって生き延びるかに集中しろ」


 ジェイクの声でルースが思考を切り替える。だがデュートヒルデの方はそうはいかなかった。生まれて初めて見る魔獣に、歯が震えてカチカチと音を立てている。

 そんな3人を前にして、森オオカミがジェイク達の方を獲物として認識するするように首をもたげた。


「逃げろっ!」


 その言葉でルースが一目散に駆けだす。デュートヒルデが固まるのを、ジェイクが手を引いて逃がす。同時に扉の方に剣を一本蹴飛ばしておく。後ろからは涎を撒き散らしながら森オオカミが迫ってきた。


「ルース!」

「まかせろ!」


 ジェイクがデュートヒルデを抱えて飛びこむと同時に、横引きの戸をルースが締める。その扉に顔面から衝突する森オオカミ。そしてルースがジェイクの蹴飛ばした剣を使い、扉につっかえ棒をする。


「ふう、ひとあんしんかな?」

「いや、まだだ。ここには他にも出入り口がある。あいつがそれに気がつく前に、ここから脱出だ」

「うへぇ。にくたいろうどうはにがてなんだよ」

「ぼやくな、行くぞ!」


 ジェイクが先頭を走る。デュートヒルデは座って震えていたので、ジェイクが手を掴んでやった。


「おら、くるくる! 行くぞ?」

「は、はいっ!」

「あーあ、こういうことをするから・・・」


 ルースがその後の事を考えため息をついたが、ジェイクはいつも真剣そのものである。それにまずここを生きて出なければその後も何もない。ルースにはまだその辺の緊張感が欠けている。歳を考えれば無理もなく、彼自身が矢面に立ったことがないからだろう。まだルースには真の意味での「命をかける」という言葉の意味はわからない。

 もちろんジェイクにだってわかってはいないが、いつもラファティやアルベルトを見ていると、命をかけるということがどういった意味を持つのかはなんとなくわかるのだ。


「(これが実戦・・・心臓が高鳴るし、呼吸が浅くなる。体力の消耗が早くて、体が緊張で思ったように動かない。なのに頭は異常に冴えてる。これが・・・命のやりとり!)」


 ジェイクはドゥームの時に一度実戦を経験したわけだが、あの時は勢いだけで戦場に立っている。今度の彼は修練を積み、それなりに戦士としての自覚を持ち、敵を倒すことがどういう意味を持つのか、他人を守る戦いとはどういうものかと知った上で剣を握っている。いうなればこれがジェイクの初陣だった。


「(確かあの角を右に曲がると扉があって、そこから確か庭園に抜ける道が――)」


 ジェイクが脱出までの経路を思い出すが、そこに隙が生まれる。


「じぇいくっ!」

「横だって?」


 物陰から森オオカミが飛び出してきたのだ。咄嗟にジェイクは剣で牙を受けたが、オオカミにのしかかられる形になる。だがすぐさまオオカミの腹を蹴り、飛びのいた。同時にオオカミも飛びのいてジェイクと距離を取る。すると、


「あ」

「まずった・・・」


 オオカミとジェイクの間にデュートヒルデがはさまる形になったのだ。デュートヒルデはジェイクとオオカミを見比べながら、わなわなと震えている。


「くるくる、こっちにゆっくり歩いてこれるか?」

「ダメ・・・腰が抜けて」


 デュートヒルデはその場に腰を抜かして、へなへなと座り込んでしまったのだ。だがジェイクはそれならそれでいいと思った。これで思考を絞れる。


「(オオカミよりも速く斬りかかればいいだけの事だ。なんだ、それだけのことだ)」


 それは決してたやすいことではない。だがそれすらも気にならぬほどにジェイクの集中力が高まっていく。初陣の緊張も忘れ、ゆっくりと周囲の音が消えていった。なのに周囲に何があるか、どう動いているのか、動こうとするのかが手に取るようにジェイクにはわかるのだ。たとえば、背後にいるはずのルースは、今右足が前にあるのが見ているかのようにわかるのだった。


「(ラファティが集中した時には、背後で落ちる葉っぱの枚数が数えられるって言ってたな。こういうことなのか、ラファティ?)」


 ジェイクが頭の中でラファティに語りかけるが、それすらもやがて消える。そしてついに音が完全に消えたのだった。聞こえるのは自分の心臓の音と、オオカミの息遣い。あとは守るべきデュートヒルデの姿。ただそれだけ。


「ジェイク・・・わたくし、死にたくありませんわ・・・」


 デュートヒルデが半べそで顔をひきつらせながらむせび泣くが、ジェイクは表情を変えずにただ優しく言葉をかけた。


「大丈夫だ、俺が絶対に守ってやるから。だから動くなよ、ヒルデ」

「・・・はい」


 デュートヒルデはなぜだかその言葉で非常に安心できた。勝つのはジェイクだと、彼女も確信できたのだ。それに自分の名前を初めてジェイクが呼んだことに、少し喜びすら覚える始末だった。

 そして、


「お前も動くな、ルース。邪魔だ」

「え」


 ルースが動きかけた瞬間、ジェイクに止められた。ルースはなんとかジェイクの手助けをしようとしたのだが、なぜジェイクが自分に背を向けたままでそのことがわかるのかが不思議でならなかった。

 ルースは思うのだ。ジェイクの背中がいつもと違うと。


「(これは・・・なんだろう? じぇいくがべつじんみたいだ)」


 ルースはその雰囲気に全てをジェイクに任せることにした。それが一番良いと彼も判断したのだ。そしてジェイクの体から立ち上る殺気。


「・・・倒す」

「グルルルル」


 ジェイクが一歩前に出る動作をすると、オオカミが一歩下がった。それでジェイクはさらに仕掛ける。


「はああ!」

「ガルルルッ!」


 ジェイクが気合の雄叫びをあげると同時に、森オオカミが飛びかかって来た。正確には、ジェイクの気合に飛びかからせられたのだ。

 そしてジェイクは森オオカミが飛びかかってくる様が、非常にゆっくり見えていた。


「(なんだ、いやに遅いぞ?)」


 それはジェイクの集中力が極限に達した証。ジェイクはその時普通の速度で自分が動いていると思っていたが、ルースなどにとってはまさに目にもとまらぬ異常な速度だったのだ。ブルンズに飛びこんだときとは比較にならないほどの速度。完全に森オオカミよりも初動が遅れたにも関わらず、先手を取ったのはジェイクの方だった。


「せいっ!」


 ジェイクの気合と共に薙ぎ払われた剣は、森オオカミの首の骨を砕いて、そのままオオカミを壁に叩きつける。幼いながらも圧倒的な初動の速度から繰り出される全体重をかけた一撃を、さしもの魔獣も首一つでは受け切ることができなかったのだ。悲鳴を上げる暇もなく壁に叩きつけられ、痙攣しながら泡を吹く森オオカミ。戦いは一瞬だった。


「ふうっ」

「やった!」


 ルースが思わず指を鳴らす。そして彼に駆け寄るのだ。そして集中力を解きかけたジェイクが2人に手を差し伸べようとした時である。


「グルルルル」

「何っ!?」


 背後からもう一体、森オオカミが出現したのだ。ジェイクは後ろを取られる形になってしまう。


「(そうか、しまった。訓練では『魔獣の戦いを見る』って言ってたな。それなら魔獣同士が戦うのが当たり前か。どちらか一方が倒れた後がクルーダスの出番だったんだ。なんでそこに考えが及ばないんだ、俺!)」


 ジェイクが自分のうかつさに怒るも、今度は圧倒的に不利だった。背後の森オオカミは一定の距離に止まっているようだが、本来ならジェイクは横っ跳びで一度回避をしたいところなのに背後にはデュートヒルデがいる。つまり逃げるという選択肢はジェイクにはなく、振り向きざま森オオカミと戦わなければならないのだ。しかも距離が先ほどより近い。


「(ぎりぎりの勝負だ・・・やれるか?)」


 ジェイクが万一を考え、ルースの方を見る。最悪、ルースとデュートヒルデだけでも逃がさなければならない。ルースもジェイクの目を見て意図を察したのか、頷いてじりじりとこちらににじり寄ってくる。

 意図が通じたことを理解してジェイクが再び集中力を高めるが、今度は先ほどの様にはいかなかった。先ほどは一回きりだと思って使った集中力なので、どうしても先ほどの様な集中力にはならない。それでも今にも泣き出しそうなのを振るえながらこらえているデュートヒルデを見ると、ジェイクは自然と護ってやらなければと思うのだった。

 ジェイクがデュートヒルデをじっと見ると、彼女もジェイクを見つめ返す。しばらく見つめあううちデュートヒルデから怯えが薄れた事をジェイクが確認すると、彼はデュートヒルデに頷いて見せた。それが合図になる。


「ガゥ!」

「おおお!」


 森オオカミが飛びかかってくるのに合わせ、ジェイクが振り向いて最速の突きを合わせる。薙ぎ払いでは間に合わないと感じたのか、ジェイクは突きを選択した。だがしくじれば自分は死ぬ、いちかばちかの一点突破である。そしてルースも飛び出し、デュートヒルデの方に向かう。


「(やばいっ、オオカミの方が速い!)」


 ジェイクの目測では、突きが伸びきる前に森オオカミの前足がジェイクを押し倒すはずだった。だが、ジェイクは見たのだ。森オオカミが何かに怯えたように、空中で躊躇するのが。それでも放ったジェイクの突きは止まらなかった。


「うあああっ!」


 ジェイクの突きはオオカミの口の中に命中し、オオカミの喉を貫いていた。一応練習用の鉄剣なので剣先も潰してあるのだが、それでもジェイクは下から突き上げる格好になったので、2m以上のオオカミの体重が喉に乗っかった形になる。柔らかいオオカミの喉はひとたまりもなく破れたのだった。

 勢い余ってオオカミに押し倒されたジェイクが、オオカミをどけて起き上がる。その瞬間、ルースが彼に駆け寄ってきた。


「じぇいく! けがはない?」

「ああ、何とかな。それよりお前達は?」

「ぼくはだいじょうぶだ。くるくるは・・・」

「あ、ははは」


 デュートヒルデは変な笑を浮かべていた。ジェイクは純粋に彼女を心配して、そっと傍に寄る。


「もう大丈夫だぞくるくる」

「ほ、本当ですの?」

「ああ。護ってやるって言ったろ? 信じろよ」

「そ、そうですか。それ、は・・・ひ、ひぐっ・・・うわああああん!」


 緊張の糸が切れたのか、デュートヒルデはジェイクに縋りついて泣き始めた。無理もない。子どもが予期せぬところで命の危険にさらされたのである。まして彼女は公爵家令嬢。今まで何度か誘拐などの危機に直面しはしたが、いつも彼女の周りには多くの護衛がおり、命の危険まで感じたことはなかった。また誘拐されても、公爵家にまでなると命の危険にさらされることはない。相手が人間なら、交渉のしようもある。

 だが魔物では交渉などできようはずもなく、ただ殺すか殺されるかという純粋な二択を迫られるだけ。初めて自らの命が本当に危機にさらされた実感を持ったデュートヒルデは、安堵したせいか泣きじゃくってしまった。だがこれが普通の子どもの反応であろう。ジェイクとルースは育った環境のせいで耐性があるが、普通ならパニックになって逃げ出していてもおかしくはないのだ。

 ジェイクはデュートヒルデが落ち着くまで傍にいてやり、ルースはそっとその場を離れて教官を呼びにいった。そして学園は一時騒然とする。当然のごとく演習は中止され、すぐさま原因究明が行われた。学園の安全管理体制が問われ、アルネリア教会からは査察員が派遣されるし、学生達はうろたえるばかりである。その中で波の様に広がって行くジェイクの評判。練習用の剣で魔獣を2体も倒すなど、常人のやることではない。ジェイクが望むと望まざるに関わらず、彼は否応なく注目の的となった。彼を好奇と驚愕の目で見る視線が増えていく中、全く別の意味をもった視線が一つだけある。


「(まったく危なっかしい。俺が間に合ったからいいようなものの、間一髪だったな。俺がオオカミに向けて殺気を放っていなければ、死んでいてもおかしくはないぞ、あの小僧め)」


 柱の陰からジェイクを見つめる人物。ジェイクがその気配に気が付いて柱の方を見る頃には、その人物の姿は既に消えていた。



続く

次回投稿は7/20(火)12:00です。


多くの学生は夏休みに入るのでしょうか? 明日から夏休み企画ってことで連日投稿に戻そうと思います。

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