終戦、その12~ハイランダー家⑩~
「支配下に置いている、のか?」
「ご名答」
エルリッヒの剣が唸りを上げてルイに襲い掛かってきた。剣技こそ拙いが、膂力も速度も段違いの、嵐のような攻撃に晒されるルイ。一撃の重さだけならヴァルサス以上。巨人のミレイユにも勝るとも劣らない攻撃をぎりぎりで凌ぎながら、エルリッヒが饒舌に語る。
まるで溜まっていた鬱屈を全て吐き出すかのような言葉を、ルイは全て聞いていた。
武家の男子に生まれながら、鍛錬すらままならぬ自分のことをいかほど呪っていたか。武人としても優れていた姉3人をどれほど誇らしく思い、同時に羨んで恨んでいたか。庶民ならばまともな治療も受けられず死んでいたはずなのに、半端に貴族であるせいで生きながらえ、余計に苦しんでいたか。
そして、恵まれていたはずのルイがなぜ全てを放り出してローマンズランドを出奔した時、どれほど絶望し打ちひしがれ、恨んだか。それでも笑顔で取り繕うしかない自分に、この世の掃き溜めのような闇はよく力を貸してくれた。
「見捨てられたと思ったよ」
「違う! 私は――」
精霊との契約内容に含まれる相手に、何一つとして語ることはできない。ルイの表情を見てエルリッヒもわかっていたが、それゆえに泣き嗤うような表情になった。
「ああ、僕たちが契約に入っているのか。そしてそれを口にはできないと」
「・・・」
「肯定もできないんだね。エクスペリオンの知識が教えてくれるけど、もう何もかもが遅い。エクスペリオンには製作者の呪いのようなものがかけてある。僕はそれに最も同調できる人間で、カラミティの分体の影響を受けて人の倫理観から解放され、ルイ姉さんがよかれと思ってかけた契約で病気の進行が停滞していた。ゆえに、あなたの呪氷剣に対して耐性がある。だけど知っていた? 精霊ってのは気まぐれで、僕のことなんて気にかけもしない。だから病気の進行が止まった時、もういつ死んでもおかしくないくらい進行していたんだ。どれほどそれが苦しかったか。止まったのは病気の進行じゃない、ただ苦痛が固定されただけだった」
「やめろ、やめてくれ――」
その先は聞きたくない、とルイが言おうとしてエルリッヒは遮るように痛烈な一言を告げた。
「全部、姉さんのせいだ。僕はもう、死にたかった」
その言葉に、ルイの足元が全て崩れるような気がした。傭兵として名を成し、ほうぼうで名医と呼ばれる人間を訪ねてエルリッヒの治療方法を相談した。ミリアザールに情報を伝えるという体で、エルリッヒのことを相談したのも個人的な理由からだ。あの時、正直世の中のこともカラミティのことも、ブラックホークのことだってどうでもよかった。
ただ数多の名医が匙を投げた状態のエルリッヒのことを、ミリアザールは「まずは診てみるか」とだけでも言ってくれた。ただその一言に、どれだけルイが救われたか。そのためには戦争が邪魔だった。
いち早く戦争を終わらせる必要がある。王族しか知らないはずの脱出路を逆走し、敵を祖国の中に入れるような真似をしているのも、全てはエルリッヒのためだった。ハイランダー家がローマンズランドが腐った元凶だとして、エルリッヒが関わっているわけがない。そう信じていたのに。
ルイには戦う理由がなくなってしまった。剣こそ構えているが、手に思うように力が入らない。繰り返した鍛錬のせいでなんとかエルリッヒの剣を反射的に凌いでいるが、それもすぐに限界が来るだろう。
このまま数合で楽になれる。そう考えてしまうと、もう抵抗する気力も湧かなかった。全てが徒労だった。そう考えた耳元に、精霊たちがくすくすと笑う声が聞こえる。あるいは、こうなることを見越しての精霊の行動だったのか。
もう全てが面倒だ。そう考えたルイの目の前に、エルリッヒの剣が迫る。エルリッヒの剣はルイの剣を弾き飛ばし、なおも迫った。
「抵抗されると面倒だから、手と足はもらうよ。四肢がなくても人間は生きていけるそうだから」
ああ、そういう拷問があったな。などとくだらないことを考えていると、逆にエルリッヒの腕が目の前で吹き飛んだ。弾き飛ばしたはずのルイの剣が、そのまま回転して戻ってきたのだ。
驚くエルリッヒの横っ面を蹴飛ばしたのは、レクサス。レクサスはルイの手から離れた剣を掴んでそのまま投げ返し、さらにはエルリッヒを蹴飛ばした。レクサスが来たことで事なきをえたが、それでもルイの表情は変わらず、戦う気概も起きなかった。そんなルイを見て、レクサスは首を傾げた。
続く
次回投稿は、11/30(木)19:00です。