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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その11~ハイランダー家⑨~

 怒り狂う獣のような表情ではなく、ただただ冷え切った表情のルイがそこにいた。そのルイの表情を見てレダは距離を取ろうと試みたが、膝まで凍り付いて動けそうにもなかった。既に膝の感覚がない。うかつに動けば、膝から下が崩れて落ちる可能性すらあった。

 その時レダに浮かび上がった感情は、恐怖ではない。ただの嫉妬と憎しみだった。


「ちくしょう! こんな能力が何の努力もなく身につくのなら、どうして私じゃなかった! この能力さえあれば、竜騎士じゃなくたって軍部で一定の権勢を維持することはできた! そうしたら男なんかに媚びへつらうこともせずにすんだし、誰もこんなことをやりはしなかった!」

「・・・」

「ねぇ、ルイ。どうしてあなたはローマングランドから去ったの!? 一言でも相談してくれていれば、あなたが軍で出世して、私は侯爵家を牛耳りながらその背中を押すこともできた! 誰も不幸になることなく、皆で成功することができたわ! それをあなたは――家族をなんだと思っていたの!?」

「レダ、精霊に人間の都合は関係がない。彼らはいつも突然やってきて人間の都合などおかまいなしに契約を結ぶ。私に魔術の知識なんてなかったし、彼らの思惑通りにまっとうな交渉などできないまま、私はこの能力を手に入れた。まして呪氷剣――呪われた氷の力を授けるような精霊が、人間が幸せになるような提案をすると思うか?」


 ルイの言葉に、レダの動きが止まった。呪氷剣――ローマンズランドには魔術に関する書物はほとんどなく、氷の精霊に関する記載があるような書物はレダをして数冊しか見たことがない。ローマンズランドの創生から、その力を持った剣士はなんどか発生したことがあるようだが、記載は「軍で多大な功績を残した」ということだけ。その個人に関する記述も、顛末も残ってはいなかった。

 だからただ強くなるだけだと思っていた。まさか、違ったのか。レダが何かを言う前に、ルイの口から語られた。


「ローマンズランドの外に出て初めて精霊騎士の存在と詳細を知った。だが私が精霊騎士と呼ばれることはなかった。なぜか。それは精霊と対等な契約を結べていないからだ」

「対等――じゃない?」

「そうだ。魔術の知識のない私にとって、精霊と交渉することは不可能だった。だからこれは契約ではなく、憑依に近い。父上と姉上を縛り続けるローマンズランドを、どうして私が愛することがあるだろうか。そんな私に氷の精霊が力を貸す? そんなことはまかり間違えても起こらんさ。ある日勝手に奴らはやってきて、私はローマンズランドを出奔しなければならなくなった。それだけのことさ」

「じゃ、じゃあ――私のやったことは」

「そこまで」


 エルリッヒの剣がレダの膝から下を砕いた。完全に凍り付いていた足に痛みはなかったが、受け身もとれずに転げた事実と、膝から下が立ったままの両脚を見て、さしものレダも悲鳴を上げた。


「あぁあー! あ、脚! 私の脚が!」

「うるさいなぁ、その口も削ごうか? これだから女は。お前たちは黙って股を男に開いていればいいんだよ」


 エルリッヒの剣がレダの口にぴたりと当てられ、唇の傍から血が流れた。もしもう一言でも話していれば、舌が斬れていただろう。

 恐怖にレダは固まり、ルイが同時に飛び出した。エルリッヒはレダに向けていた剣で応戦すると、一合打ち合っただけで飛びずさった。凍り付いた床でも体勢を崩すことなく、綺麗に着地する。

 そもそもなぜ、エルリッヒが凍り付いていないのか。ルイにも不可解だったが、エルリッヒの方は余裕綽々にルイと対峙していた。

 ルイは考えるよりも追撃をしようとして、辞めた。そうやって追いかけて、いつもベッツにからかわれるように打ち据えられてきたのを思い出す。心を無にすることと、ただ我武者羅に戦うことは違うと、何度ベッツに言われたか。

 氷のように冷静に、とどめを刺すときですらそうあるべし。そうベッツには言われてきたが。

 目の前のエルリッヒが強敵であることは間違いがない。ルイは噴き出している魔力と感情を制御し、正眼に構えた。それを見たエルリッヒが賞賛する。


「ここまで挑発してそれだけ冷静でいられるの。まったく、心まで凍てついているわけじゃないだろうに」

「お前がエルリッヒだとして、その冷静さはどこからくる。たとえエクスペリオンで強靭な体を手に入れようが魔王になろうが、精神まで成長するわけではないはずだ。どうしてここまで戦い慣れている」

「適合者――って、言葉がしっくりくるのかな。いつ死ぬかもしれない体に生まれて、恵まれなかったがゆえに、苦痛に対する耐性と、精神力は尋常ではないのさ。だからいろいろな者が僕に力を貸してくれる。たとえば、こんな風に」


 エルリッヒの口からずるりと虫が這いだした。それはカラミティの分体に間違いないだろうが、エルリッヒの行動が制御されているようには見えない。まさか――



続く

次回投稿は、11/29(水)19:00を予定しています。

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