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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その10~ハイランダー家⑧~

「エルリッヒ――まさか、お前エクスペリオンを」

「あれはすごい薬だねぇ、ルイ姉さん。痛みが嘘のように取れただけじゃない、今じゃあ普通の男よりも凄い力を手に入れたんだ。陸軍に行って、同級生? っていう男の子たちと力比べをしてみたんだけど、まるで相手にならなかったよ。ちょっとやりすぎて、相手の腕があべこべの方向に向いてしまったくらいさ。そうしたら面白いんだ。今まで偉そうに顎で命令していたのに、急におどおどしてこっちの顔色を窺ってさ。力があるっていいねぇ」


 くっくっ、と暗い忍び笑いを漏らすエルリッヒを見て、ルイに怖気が走った。いつからこうだったのか、この異常さに気づいていなかったのは自分だけだったのか。だが盗み見たレダの表情は泣きそうな顔のまま得意気に笑っていた。


「陸軍の先輩にはいろんなことを教えてもらった。剣の使い方も、馬の使い方も、黙って竜を拝借したこともある。馬も飛竜も僕のことを嫌がって乗せてくれなかったけど、なんでかな? 皆怯えて逃げようとするんだ」

「エルリッヒ、それは」

「腹が立ったものだからどっちも首をひねって、殺してしまったよ。その時の他の馬や飛竜が騒ぐものだから、厩舎の警備が厳重になりすぎてもう近寄れやしない。まぁそれはもう、いいのだけど。ちょっと悪いことも教えてもらったし、女性の扱い方も教えてもらった。さっきもずっと僕の部屋で試していたんだ」

「陸軍の連中が女性の扱いを? できるわけがあるまい。誰だ、エルリッヒ。お前をこの家から連れ出して陸軍に引き合わせた連中は。そこの家令崩れのごろつきどもを、この家に引き込んだのは」

「詳しくは知らないけど、槍に絡む蛇とかいう傭兵団だったかな? 大きな戦いでどの傭兵団も戦いに加わる中、非戦を掲げて後方支援の荷物運びに終始しているって聞いたよ。なんでも前団長が大罪を犯したせいで、その代償として奉仕活動をしているんだって。偉いよね」


 そんなわけがあるか、とルイは喉から出てきた言葉を飲み込んだ。グンツとかいうクズがフリーデリンデの天馬騎士団に手を出したせいで傭兵ギルドからも排除され、徹底的に報復部隊アテナの追撃を受けたはずだ。まだ形があるだけでも驚きだが正式に活動しているはずがなく、水面下で蠢いているだけでも不気味な存在だった。一説によればグンツは魔王化してドゥームの配下になっているではと言われていて、そのかかわりがありそうな連中がターラムにいるとかいないとか言われているはずだ。どこからローマンズランドに紛れ込んだのか。

 いや。それよりも言うべき言葉はなんだと言いかけて、もう全てが遅いことにルイは思い至った。レダの表情を見ればわかる。何が真実だとか、どうしてこうなったのかはもはやどうでもいいことなのだ。

 何を助けるべきか。その答えは、エルリッヒ自身が勝手に口にしてくれた。


「心配しないで、ルイ姉さん。ミラ姉さんは無事さ。僕が姉さんをぞんざいに扱うはずがない」

「なんだと?」

「ちゃあんと練習したからね。どのくらいで女性が壊れるかはよくわかったつもりだよ。そこのぼろ雑巾とは違う。今ちょうど処分しようと思っていたんだ。隙を見て勝手に死んじゃったからね。フリーデリンデの天馬騎士団はどんな苦境でも決して自決しないって聞いていたから張り切っていたのに、思ったよりももたなかったなぁ。これならあの凄い美人の隊長さんにしておけばよかった」


 家令の一人が抱えてきた包みは、明らかに人間一人分としては小さかった。その袋からだらりと下がった女性の頭は、苦痛と絶望に塗れていた。どれほどの拷問を受ければそれほど歪むのかと思えるほどの表情だったが、それでもなお美しい顔には見覚えがあった。

 部隊アフロディーテの副隊長、ディアーネに間違いない。かつて戦場で一緒に戦ったあれほど可憐で精強な天馬騎士を見間違うはずがない。自死を禁じた誇り高い天馬騎士が自ら死ぬとは、どれほどの苦痛と屈辱を与えられたか想像もできない。

 女として、戦士として。ルイの殺気がいっそう増す。思わずレダがのけぞるほどの殺気を意にも介さず、エルリッヒが暢気に感想を述べた。


「まぁ練習台だと思えば、無駄な時間じゃなかったかな。次は失敗しない」

「次・・・? 次とはなんだ?」

「嫌だなぁ、ルイ姉さん。レダ姉さんは侯爵家の人間になったんだよ? 跡取りが必要じゃないか。そのためには他の男が手を付けているような女じゃあ、継承権で揉めるかもしれないよね? その点ミラ姉さんなら安心だし・・・あ、ルイ姉さんでもいいかな?」

「エルリッヒ!」


 叫んだのはレダだった。それはさすがに口が過ぎたと感じたのか、あるいは過剰な挑発をするなと言いたかったのか。だがすべては手遅れだった。一瞬にして玄関ホールのあらゆる装飾品、壁に至るまでが凍り付き、家令たちは武器を構えたまま、逃げ出す暇もなく凍てついて氷像と化していた。邸内全てを凍り付かせなかったのは、ミラを巻き込んではならないという、せめてもの理性が働いたからだ。



続く

次回投稿は、11/28(火)19時を予定しています。ひょっとするともう一話投稿するかもしれません。

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