終戦、その8~ハイランダー家⑥~
柱を蹴って跳び、長身のルイの頭上から襲ってくる猿のような身体能力は既に人間とは思えなかったが、ルイはそれすらも余裕をもって捌いていた。いかに跳ね回ろうと、驚くほどではない。ルイもまたブラックホークの中で揉まれ、統一武術大会へと出場することでかなり腕前を上げていたのだ。
鉄球付きの鎖がルイを捕縛するために襲い掛かるが、それもルイはあっさりと避け、むしろ襲い掛かってきた召使いたちを盾にして避ける余裕さえ見せた。ルイ自身は投擲武器を得意とするわけではないが、様々な状況を想定して訓練をした結果、ある程度の武器は両手の別なく扱えるようになっている。
襲い掛かってきた執事たちの武器を奪って投げると、致命傷ではないながらも、相手を負傷させるには十分な威力となって、次々と敵を打ち倒した。
「凄い・・・あれが、姉上の戦い」
エルリッヒが感嘆するのも無理はない。20名からいた召使たちは見る間に数を減らし、もはや自力で立っているのは10名もいない。荒事のために雇ったはずの召使たちが、何ら役に立たない現実。エルリッヒは、初めて本当の戦士を目の当たりにしていた。
レダはゆっくりと立ち上がると壁に掛けてあった槍を手にし、エルリッヒには剣を投げてよこした。そして顎でくい、とエルリッヒに指示をすると、エルリッヒは喜色満面でルイに向かって襲い掛かっていった。
「姉上! 私にも一手、ご教授願えますか!?」
笑い声を上げながら襲いかかってくるエルリッヒを前にルイは少しだけ顔を歪めたが、それもすぐに引き締めた。エルリッヒの一撃が想像以上に重たかったことと、加減を間違えると咄嗟の反撃で殺しかねないほどの鋭さがあったからだ。
剣を受けたルイの中には、最初に喜びが湧き上ってしまった。あれほど体が弱く、武家に生まれながらも十全に力を発揮できないもどかしさをエルリッヒが抱えていることをルイは十分に知っていた。ローマンズランドを離れた原因に、おそらくはすぐに死んでしまうであろうエルリッヒと、心優しく賢くもあった弟の悲しむ姿に耐えかねた側面がなかったと言えば、嘘になる。
だからこそ、ルイは剣と心を凍てつかせた。あの心優しきエルリッヒがいかに健勝になろうが、こんな歪んだ笑い方をする男が弟の成長した姿であろうはずがない。エルリッヒは既に死んだ。そう考えて剣を振るおうとしたが、ルイは自分でも思わぬ行動でエルリッヒの腹を蹴飛ばして突き飛ばした。呪氷剣の出力を上げ、剣の刃を滑らせれば終わっていたのに。
思わぬ甘さに舌打ちするルイに、レダの槍が襲い掛かった。その鋭さに、思わず後退するルイ。
「強くなったわね、ルイ。ちょっとは私と戦えるようになったかしら?」
「ああ、戦えるさ。今ならきっと勝てる」
「なら、やってみるといいわ!」
一息で繰り出される四段突き。それをルイは躱すと、引く槍と同時に襲いかかる。レダが槍をくるりと手の中で回すと、柄でルイの剣を払い上げようとした。ルイはその下からの攻撃を受けようとして、軌道が変化したので首をねじって咄嗟に避けた。
柄が耳をかすめる。ルイの殺された突進の勢いを見て、レダが前に出る。統一武術大会の槍術部門でも優勝を争うであろうこの技術は、レダの戦い方の一つでしかないことをルイは知っている。レダの戦い方は本来千変万化。腰に佩いた剣もあれば、ひらりとしたドレスのどこかに武器を隠し持っている可能性もある。投擲も飛び道具も上手く使うレダは戦い方にこだわらず、相手の裏をかくのが得意なので何を仕掛けてくるかわからない。
一度仕切り直すべく距離を取ったルイを見て、レダが微笑んだ。
「昔なら一本取れたのだけど、さすがにそう簡単にはいかないか」
「それは私が10歳にならぬ時の話だろう。それより剣はいいのか、レダ。槍はさほど扱いが上手くなくて、剣の方が得意だと昔は言っていたと思うが」
「そうね。だけど、剣じゃあなたに勝てないもの。だから私は槍技を磨いたわ。才能はともかく、剣はあなたの方が強くなるだろうって私も父上も予想していたから」
予想外の評価。そんなことを言われたことはおろか、感じたことすらなかったのに。レダは槍先をルイに向けながら油断なく構えている。その間に家令たちの何名かが起き上がってきている。想像以上に頑丈な連中だ、まだ戦おうというのか。
レダは懐かしむように語る。
「剣に大切なものは気迫。技術では私が上でも、私の剣には込めるだけの思いと気概がない。生死を懸けた戦いでこそ、あなたの剣は光ると父上はおっしゃっていた。私も同意見よ」
「ならばなぜそう、言ってくださらなかったのか」
「褒めれば増長すると思ったのよ。それにローマンズランドでの評価は竜騎士としていかに優れたるかが重要で、あなたは操竜の方は並みだったからね。でもハイランダー家の精神を最も色濃く継いでいるのはあなただと思っていたわ。そのあなたが氷の精霊と親和性を示し、魔法剣を使うようになるとは思っていなかったと同時に、どこかで納得してしまった。私は正直、あなたを見て悔しくもあり、嬉しくもあった。そして深く絶望したわ。望んでいる形ではないけど、誰にも真似できない能力と精神を持つあなたが羨ましかった。私の精神は低俗で、凡庸だったのに」
そう告げたレダの顔が泣きそうに歪んでいて、ルイは初めてレダの本音と感情を理解した。今まで見てきたものは、ハイランダー家として恥ずべき行いをすまいと、必死に取り繕っていた姉の姿でしかなかった。そして彼女の背中に、ずっと守られていたのだと。
その姉に追い付こうと努力した。そして誇れることを一つ身に着けたと思っていたのに、それこそが姉を絶望させていたとは考えたこともなかったのだ。
続く
次回投稿は、11/19(土)17:00頃の予定です。