終戦、その7~ハイランダー家⑤~
「ルイ、私はね天才でもなんでもないの。エルリッヒが生まれるまでは、私がハイランダー家の正当な後継者として育てられた。父は私にだけは厳しかった。幼いころからありとあらゆる武芸と学問を仕込まれ、遊んでもらった記憶なんてひとつもない。一つでも課題を達成できなければ鞭打たれることだってあった。私にとって父は畏怖の対象でしかなく、母のぬくもりを感じたことはない。それでも幼い私は期待に応え続けて、女性の中では一番と呼ばれる騎士になったわ」
「そんな、馬鹿な。父上はそんな素振りを一度だって――」
「一つには、私の仕上がり具合には満足していたこと。そしてエルリッヒが生まれ、私が侯爵家に嫁ぎ、後に正当な後継者となったことで自尊心が満たされたこと。そして最終的には、ローマンズランドに対する忠誠心の低下かしらね。あれだけ武人として忠誠を誓い続けて、一度も叙勲すらされたことがないことを父上は気にしていらっしゃったわ。それに知っている? 父上はこの家を既にハイランダー家とは見なしていない。部下の竜騎士の中に愛人がいて、身籠っているの。父上は遠征にその女を帯同させ、新天地で新たなハイランダー家を作るつもりでいらっしゃる。私たちは丸ごと見捨てられたの。家に寄り付かなかったのは、そのせいよ。ミラは知らないことだけど」
「・・・は?」
全く知りえない現実に、ルイの口から思わず間抜けな声が漏れた。ルイもローマンズランドからは出奔したものの、ハイランダー家そのものと縁を切ったつもりはない。むしろ実家の安否は気がかりなところであり、父もまた尊敬に値する軍人で、この度の遠征に帯同したということでどうなったのかむしろ心配していたくらいだ。
その間にもレダからは、滔々と知りたくもない現実が語られていた。愛人はミラの同期でこの家に招かれたことがあるだの、娘の同僚に手を出す父上はお盛んだけど汚らわしいだの、今頃遠征軍は全滅の憂き目にあっているだの、そもそも遠征など成功する見込みはなかったのだと判断されていたのに、あれほど人材がいてそんな判断もできない間抜けばかりだったのだと。
レダの嘲笑が広間に満ちた。地面が揺れ、ぐるぐると目の前の光景が回って何一つルイには見えなくなりそうだった。今斬りかかられてしまえば、確実に死んでいただろう。そんな放心状態を恥じる気持ちと、レダの思わぬ一言でルイは我に返った。
「あれはスウェンドル陛下とカラミティが仕掛けた、盛大な策略に他ならない。カラミティとしてはオーランゼブルとの契約を果たすため、多数の生贄を捧げる必要があったから。詳しくは知らないけど、それはカラミティにとっても有利に働くようね。そしてスウェンドル陛下としては、緩やかに終わり行くこの国を、いかにして終わらせるかを考える必要があった。遅かれ早かれ滅ぶならいっそこの手で――いえ、自分を縛り付けるこんな国なんて、滅んでしまえばいいとでも思っていらしたのかしらね」
「・・・それは、レダ姉ぇの感想じゃないのか。いや、レダ=ヴォルターナ侯爵夫人」
国が滅びると聞いて、ルイは我に返った。自分でも意外だったが、この土地が、この国が亡びるなどと考えたことは一度もなかった。この忌々しいまでに変わろうとしない北の大地は、いつでも自分の嫌悪の対象だと思い込んでいた。レダに言われて今気づいたのだ、この国もこの大地も、滅びうる現実の存在なのだと。
あえてミドルネームのナイトルーは省いた。この姉にもはや騎士を名乗るつもりはないことがわかったし、何より、もはやレダはルイが思い描く騎士ではない。そして、ハイランダー家の人間でもないことがわかった。自らが見てきたものが全て幻想だったとしても、こんな邪悪な者をハイランダー家の一員と認めるわけにはいかない。
同時にルイは、どうしようもない自分の気質を悟った。いかに嫌気がさそうと、いかに騎士であることを否定しようと、かつて故郷に捧げた忠誠と愛着はそう簡単に消えるものではないと。自分の故郷は、この厳しくて寂しい、閉鎖的な白い大地だと理解してしまったのだ。
その現実を受けとめると同時に、精霊たちが囁きかけてきた。氷刃の力は本来、この土地でこそ本領を発揮する。精霊との親和性が極限まで高まりつつあることを理解したルイは、同時に様々な状況を理解しつつあった。
「・・・なるほど、時間を稼いでいるのか。恐れているのはアルフィリースか? それとも別のことか?」
「・・・へぇ、やっぱりあなたは精霊の祝福を受けた戦士ね。昔から憎らしかったわ、その事実が、その才能が。私には決して備わらない、その能力が!」
レダがさっと手を上げると、周囲に隠れていた家令たちが襲い掛かってきた。暗殺者のように、いや、まるで野獣のようにそれぞれが短剣などの武器を手に跳びかかってきた。
続く
本日17時ごろ、もう一話投稿したいですね。