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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その6~ハイランダー家④~

「陸軍の先輩たちが話してくれたさ。半年前から軍属でね。まずは陸軍に所属して、稽古をつけてもらっている」

「陸軍? あなたが、陸軍?」


 ローマンズランドでは陸軍の地位は低いことは周知の事実だ。ハイランダー家は身分こそ伯爵だが、ローマンズランド創立から存在する由緒ある家系で、発言権は公爵にも近いものがある。だからこそレダは侯爵家に嫁ぎ、寡婦となった今は侯爵家の正当な跡取りとして家を切り盛りすることが認められる。

ならば、エルリッヒがいかに体が弱かろうとも竜騎士として入隊するのが道理であろうし、ミラだけではなくレダも元々は竜騎士だ。病で愛竜を亡くさなければ、今でも現役の竜騎士だった可能性は高い。

 ルイとて、魔術に親和性が高くなる前はそもそも竜騎士隊に所属していた。だからこそアンネクローゼの上官であることができたし、アマリナとも面識がある。身分上は上官になるとはいえ、陸軍将校に暴行を振るっても家柄と立場で実質的なお咎めはなかった。

 なのに、あえてなぜ陸軍に。ルイが問いかける前に、エルリッヒは饒舌に解説してくれた。


「評判とはあてにならないものですね、姉上。陸軍の先輩は親切で、とてもお世話になったのです。軍部のいろはから、有用な趣味まで懇切丁寧に教えていただきました。なので、私も今では一人前の男として認められるまでになったのですよ」

「一人前の男・・・? 一人前の騎士ではなく、か?」

「はい。騎士も人間だ、騎士となる前に一人前の男になれと教わりました。なので――」

「わかった、それは『もういい』。姉上、単刀直入に聞こう。エクスペリオンをローマンズランドにばらまいたのは、貴女だな?」


 ルイの質問にも、レダの笑顔は消えなかった。ただその笑みが暗く、とても粘着質に歪むのをルイは見た。それはルイの記憶にあるレダとは、まるで似ていなかった。ルイにとってレダとは、武人としても女性としても憧れであり、遠く届かぬ幻影のようだと思っていたのだ。それが本当に、幻影だったのかもしれないことに今ルイは気づいた。

 ルイの背後で、使用人がかんぬきを下すのが音でわかった。わかってはいたが、誰も彼も素人ではないらしい。館の女主人というよりは、まるで支配者となったようなていのレダが、足をゆっくりと組み直してルイに向かい合った。


「ねぇ、ルイ。もしそうだと言ったら、あなたはどうするの? 知らないと言い張ったら?」

「エクスペリオンが何か、とは聞かないのだな?」

「いやね、知っているだけかもしれないわ」

「あんな唾棄すべきものを知っているというのなら、その犯人として疑われるだけでも嫌悪するはずだ。どんな証拠よりも、その態度が雄弁に事実を語るぞ、姉上!」


 ルイが剣の柄に手をかけた。エルリッヒの顔色がさっと変わり、警戒するようにレダのソファーから手を離した。いつの間にか広間のそこかしこの陰には使用人たちが潜み、ルイは囲まれていることを知った。が、それで怯むようなルイではない。その威風堂々たる臨戦態勢に、レダは目を細めていた。


「ルイ、成長したわ。情熱のルイなんて呼ばれていた頃より、余程。いえ、今は氷刃のルイだったかしら」

「なぜそれを」

「あなたの動向くらい逐一確認していたわ。あなたほどの逸材が野に放たれて、名を知られぬはずがない。お父上は本当に心配していらしたし。でもね、ルイは知っていたかしら? 私はあなたもミラもこのエルリッヒも、憎くて憎くてしょうがなかったって」


 レダの左手がふいに動くと、エルリッヒの脇腹を打った。前触れもなく動き、軽く見えたその拳はルイの目では終えぬほど速く、エルリッヒの体をくの字に曲げるほどの威力だった。

 だがそれを受けたエルリッヒは驚くではなく、まるで快楽に振るえるように顔を紅潮させていた。その様子があまりに気持ち悪くて、ルイは初めて自分の生まれ育った家が、まるで未知の洞穴のように感じられたのだ。


「憎いですって。どうして」

「そこよ、それ。その鈍感さが私を苛々させるのよ」

「だって、レダぇは、なんでもできた。学問も戦術も、何なら医学や芸術にまで長けていて、武芸百般はおろか、竜騎士としてもアマリナさんに指導したのは姉上と聞いている。幻に終わった最高位竜騎士を最初に受勲するのは、本当は姉上だったとの噂もあった。人望だって厚くて、あの陸軍ですら姉上のことを悪く言う者は誰もいなかった。女性としても評判で、夜会では高嶺の花だったはずだ。その貴女は羨まれこそすれ、どうして――」

「努力したわ。私は誰よりも努力していた、ハイランダー家の跡取りとして」


 レダの握るソファーの手すりが、変形して折れていた。およそ人間とは思えぬ握力に、ルイは事態のまずさを感じていた。人間の時ですら、レダにはまともに勝ったことがない。ましてもしレダが魔王化していたら。

 体が冷えているのは、寒さのせいではあるまい。



続く

次回投稿は、11/16(木)17:00を予定しています。不足分補います。

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