表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2621/2685

終戦、その5~ハイランダー家③~

 かつて慣れ親しんだ道は、豪雪でも見間違えることはない。懐かしさが先立ちそうになるのをぐっと堪えて、ルイは独り捨てたはずのわが家への道を急いでいた。何も好き好んで単独行動をしているわけではない。ちゃんと足並みを揃え、私情を排して傭兵としての責務を全うするするつもりだった。

 先だってアルフィリースが訪れた実家の様子を、イェーガーの伝令から聞くまでは。


「(少し気になったので、あなたの実家の様子を書き残しておきます。妹のミラさんと話す機会が多かったから見ておくべきだと思ったので、他意はありません。だけど、訪れてよかったかもしれない。エルリッヒ君の元気な姿を見れたからね。それに、レダさんも当主代行で立派にお努めのようでしたが、ローマンズランドとしてそれはよかったのでしょうか)」


 その書置きを見たルイの感想は、「そんな馬鹿な」だった。

 レダはヴォルターナ侯爵家に嫁に出したのだ。相手は縁戚とはいえ、王位継承権を持つヴォルターナ侯爵家の長男。通常なら長子どうしの婚姻は好まれないが、後継者が一人しかいないヴォルターナ家のたっての願いでレダは嫁に出た。既に軍属として功績があり、アマリナの上司も兼ねていたレダが婿をもらうならまだしも、嫁に出すというのは少し波風が立ったものだ。

 もちろんヴォルターナ家の跡取りがレダと軍属の同期であり、互いに憎からず思っていた間柄というのも影響はした。だが同時期の功績としてはレダの方が圧倒的に上であり、竜騎士としてもレダの方がかなり上だったことは否めない。

 もし、レダの愛竜が病で早逝しなければ。アマリナが正当に評価されて軍属を去らなければ。竜騎士としての適性がなく、レダと比較されたルイが激昂しなければ。違った展開もあったのかもしれない。

 そういった点で、レダに対してルイには負い目があった。早くに子供を、と望まれたレダは軍属を完全に引退し、指導者としての籍は残しつつも裏方に回った。夫はレダの分も功績を立てるべしと逸り、定期的な魔物掃討の最中に谷合の突風に煽られて墜落するという不名誉な死を遂げた。戦死扱いにはならないので階級特進もなく、補償金もなく、レダは子供もいないまま、侯爵家に一人取り残され肩身の狭い思いをすることになった。

 救われたのは、後を追うように亡くなったヴォルターナ侯爵が、遺言で家督をレダに譲ると言ってくれたおかげだった。レダは今では正式にヴォルターナ侯爵となり、侯爵家を切り盛りしているはずだった。

 それがどうして、父の代行としてハイランダー家にいるのか。訳のわからぬルイはアルフィリースに質問した。


「(ハイランダー家に、ローマンズランド陸軍は駐留していたか?)」

「(いえ、いなかったわ。あ、でも)」

「(でも?)」

「(なんとなく、使用人は柄が悪かったような。傷痍軍人だと言われたけど。皆さん、陸軍所属だったのかしらね?)」

「(・・・そうか)」


 私の時にそのような者はほとんどいなかった、とルイは言えなかった。方針が変わったのかもしれないし、気弱なエルリッヒに配慮して、軍属でない者を優先的に父が雇い入れていたなど、アルフィリースが知る由もない。尚武の家柄とはいえ、仮にも伯爵家。使用人も気性とそれなりの身元調査は行われる。見るからに人相の悪い者を雇うわけがない、というのはルイの先入観に過ぎないのか。

 ルイの目の前に、突然門が出現したかのように見えるほどの豪雪。ルイは何年かぶりにこの実家の門の前に立った。凍り付いた門も吹雪も、樹氷剣を使えるほど氷に親和性の高い魔術を扱えるルイには何の苦にもならない。ただ一言、溶けろ、と念じれば玄関の氷はすげなくほどけて、重苦しい実家の門は開いた。

 いや、実家の門が重苦しいと感じるのは気まずいからでも、後ろめたいからでもない。ルイは、レダを敬愛すると同時に苦手だった。


「あら、ルイじゃない。久しぶりね」


 門を開くなり、待ち構えていたようにレダが正面のホールにあるソファーに腰かけて待っていた。その後ろに控える青年がエルリッヒだと気づくまで、ルイは数呼吸を必要とした。


「レダぇ・・・それに、エルリッヒ、か?」

「あなたもその呼び方をするのね。まったく、妹2人揃って昔の頃のまま。互いに成人したのだから、ヴォルターナ侯爵か、侯爵夫人とちゃんと呼びなさいな」

「あ、いや。つい」


 ルイは気恥ずかしくて、指で頬をかく仕草をした。それに利き手を使ってしまったことで、油断が過ぎるなと気を引き締め直す。


「レダ姉さん、ここは実家なんだからいいじゃないか。『情熱の』ルイだって、緩みもするさ」

「それもそうね」

「エルリッヒ・・・だよね? その呼び名をどこで?」


 後ろに控えるエルリッヒがにこやかな笑顔で肯定した。ルイの記憶にあるエルリッヒは体が弱く、いつも青白い顔をしてベッドの上で本を読んでいた。寒さが強くなるだけで寝込んでいた少年が、こうなるとはとても同一人物だとは思えない。

 それに、今の呼び名はルイが軍属の頃の渾名だ。決して好きではなかったが、そう呼ばれても仕方のないだけの厳しさと激しさを持っていた。どこで知ったのか。

 エルリッヒは滔々としゃべり始めた。元々話し好きではあったが、健康があるとこれほど話すと思われるほどの、流暢さで。



続く

次回投稿は、11/12(日)17:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うーん?ルイがアルフィリースと会話するところがありますがまだ遠い城で軟禁状態のアルフィリースとどうやって話をしたんでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ