傍らに潜む危機、その2~転校生~
翌日。教室はなぜか騒然としていた。朝の訓練の片づけが長引いたジェイクは、少し遅れて教室に来たのだった。
「何があったんだ、リンダ?」
ジェイクは近くにいたリンダに話しかける。リンダはジェイクに肩を叩かれたので、顔を少し赤らめながら答える。
「あ、あらジェイクさん、おはようございます。どうやら転校生が来るらしいですわ」
「転校生?」
「ええ、朝からその噂で持ちきりですの。あなた方が来る前もこのような感じでしたわ。一体どのような方かしらね」
「へー、そうなんだ」
リンダの話を聞きながら、くるくるみたいなのが増えると本当に面倒だとジェイクは思った。あんな五月蠅いのは一人でいいと彼は思うのだ。
「(まあ・・・静かな奴だといいな)」
ジェイクはそう思うのだった。そして朝の集会の時、担任であるルドルが転校生を呼んだ。
「ドーラ君、入って来たまえ」
「はい」
教室の戸を開けて入って来た少年に、教室から歓声が上がる。一目では少年とわからぬほどの美男子。女子の服を着ていれば美少女で通ったであろう長い髪。光の角度によっては金にも緑にも見える透明感のある緑の髪。瞳も揃えたように薄い緑だった。シミ一つない美しい肌。ドーラと呼ばれた少年は、男にしては美しすぎた。
「ドーラです。皆さん、どうぞよろしく」
少年は声変わりもまだであろう高く美しい声で話すのだ。その声もまた姿に劣らず美しく、女子達は一瞬でうっとりしてしまったようだった。
そしてドーラはルドルによって席に案内されると、そこに向かう。その時、ドーラがジェイクの方を見て微笑んだのだ。不意打ちの笑顔に思わずドキリとするジェイク。その時、ジェイクは自分の鼓動が大きく一つ跳ねるのを感じた。
「(な、なんで?)」
ジェイクにもその理由はよくわからず、落ち着かない午前中を彼は過ごすのだった。
***
「それは、『こい』だね」
「ふざけろ」
昼休み。ジェイクの教室にはルースが遊びに来ていた。今日の昼ご飯はロッテが作ってくれるとの約束で、ジェイク、ラスカル、ネリィ、ルースまでお呼ばれしての昼食だった。ブルンズが加わりたそうにしていたが、
「お前は食べ過ぎるから駄目だ」
とジェイクが突っぱねたので、悲しそうな顔をして食堂の方に去って行った。教室の入り口でなぜか待機していた彼の執事に慰められているのが少し見えたのだ。悪いことをしたかと思う一方で、今日の食堂は食糧難になるかもしれないなどと、ジェイクはくだらないことを考えていた。ちなみにリンダとデュートヒルデはお弁当を持参するので、彼らと相席して食べている。
そしてジェイクがどこか上の空なのにルースが気づき、ルースが色々ツッコミを入れた所、朝ドーラをジェイクが見た時の話になったのだ。
「でも、確かに美しい方ですね」
「ああ、女の子だって言われたら信じそうだもんな」
リンダとラスカルが口々に印象を述べる。
「ふんっ、どうってことありませんわ。別に一番格好いいわけではありませんし」
「えー、ヒルデってば誰と比べて言ってるんだあ?」
「べ、別に誰とも比べていませんわっ!」
「ジェイクじゃないの~?」
「ネリィ!」
デュートヒルデが顔を真っ赤にしてネリィに怒っている。一連の出来事以来、彼女達はすっかり仲良しだった。得意分野が全く違う二人は、授業で一緒にペアを組むことで実に色々な事項で好成績を残していたのだ。それから彼女達は私生活でも共にいる事が多くなり、放課後もネリィはデュートヒルデの別荘によくお邪魔しているらしい。おかげでネリィが最近作法にうるさくて、ジェイクは辟易しているのだった。
そんな二人を横目に、ジェイクは急いで昼ご飯をかきこんでいく。今日は時間があればクルーダスに昼の間剣の稽古をお願いしようと思っているのだ。彼は昼ご飯が終わり次第訓練場で一人剣を振っていることが多い。ジェイクは会話もそこそこに、昼ご飯を腹にかきこんで行く。ロッテのご飯がおいしいから、あっという間に食べれるということもある。
「ロッテはいいお嫁さんになるよな」
「え、ええっ!?」
ジェイクが突然そんなことを言ったので、ロッテは驚いた声を上げる。
「ロッテはどんな男がいいんだ? やっぱりお金持ち?」
「わ、私は・・・」
ロッテが顔を真っ赤にして俯いてしまった。ルースが「やれやれ」と言った顔でジェイクとロッテを見比べるが、ジェイクはロッテの返事が鈍いので、もう返事は聞かずにさっさとご飯を食べてしまっている。
そして食べ終わるとその場を離れようとするが、そこに噂のドーラが現れる。
「ジェイク君・・・だよね?」
「ん? そうだけど」
ジェイクは少し虚をつかれたが、今度はしっかり彼を正面から見据えた。見れば見るほど不思議な少年だとジェイクは思う。綺麗だけど、それだけではない。纏う雰囲気が只者ではないとジェイクは直感で感じたのだ。
そうなるとジェイクは警戒心も露わに、ドーラを睨む。
「俺になんか用か、転校生?」
「いや、聞きたいことがあって。それより名前で呼んで欲しいんだけどな。駄目かい?」
「友達なら名前で呼んでやるよ。お前は駄目だ」
「これは手厳しいな」
ジェイクの思わぬ厳しい態度に一同はハラハラしながら、事の成り行きを見守る。
「用がないなら行くぞ?」
「いや、学食はどこかなぁと思って。転校してきたばかりで何も分からなくてね」
「悪いけど他の奴に聞いてくれ。俺は急ぐんだ、じゃあな」
それだけ言うと、ジェイクはさっさとその場を後にした。あっけないジェイクの去り際に、ドーラもまた少し呆気にとられる。
「嫌われちゃった・・・かな?」
「うちのジェイクがすみません! あんな大馬鹿は放っておいて、私達とご飯を食べませんか?」
ネリィが目をキラキラさせながらドーラを昼ご飯に誘う。明らかにドーラに興味があってしょうがないといった顔つきだった。包み隠さぬネリィにドーラは少し面喰った顔をしたが、
「いいのかな・・・?」
「もちろんです! 皆もいいよね!?」
と、ネリィの有無を言わさぬ態度に諦めたように全員が頷く。そうしてドーラはネリィ達と共に昼食を取ることになったのだった。
***
その放課後。今日のジェイクは、夕方の上級生の訓練に参加させてもらうように予定していた。神殿騎士団から聖騎士も来るので、今日はわざわざ戻らなくてもいいという寸法だった。もちろんいつも世話になっている外周部の騎士団には許可をもらっての行動だ。
そして彼は夕方の訓練に使う準備を一人でしているのだった。武器庫は屋内練習場の一画にあるので、外の演習場まで一人で持ちだすのは一苦労である。だが上級生は今度の大規模遠征で多くが何らかの任務を負うことになるらしく、その説明を一斉に受けていた。今回の訓練もそれにちなんだものだ。どうにも神殿騎士団が大規模な遠征を行う可能性があるらしく、5、6年生はおろか、4年までもが一時的に神殿騎士団の予備兵として召集される可能性があるのだという。
「何考えてんだかな、ぺったんこは・・・」
ジェイクは一人で準備する退屈を紛らわせるように呟く。そして武器を一通り出しておこうと、武器庫に足を踏み入れた時に後ろから声をかけられる。
「ジェイク」
「あれ、くるくるとルースじゃんか。どうした?」
後ろから歩いてきたのはデュートヒルデとルースだった。珍しい組み合わせである。
「今日の放課後に、ドーラさんの歓迎会を私の家でやることになりましたの。貴方の今日の予定は?」
「今日は訓練だな。悪いけどいつ終わるかわかんないから、行けないことにしておいて」
「もったいないな。おいしいものがたべれるのに」
「そうですのよ。訓練が終わってから来られても、ワタクシはお待ちしていますのに」
デュートヒルデは食い下がろうとしたのだが、ジェイクは首を振った。
「いや、遅くなっても悪いから辞めておくよ。気持ちだけもらっとく」
「そう・・・ですか。ならば仕方ありませんわね」
デュートヒルデが残念そうな顔をしたのでジェイクは申し訳なくなったが、これも仕方のない事。ジェイクだって本来は行きたいのだ。
「ジェイク、またの機会に来てくださいますか?」
「ああ、時間が取れればな」
「そこまでして訓練しなくても・・・」
デュートヒルデは呟くように言ったが、ジェイクにはもはや声は届いていない。そしてデュートヒルデは後ろ髪を引かれる思いでその場を去ろうとするが、先ほど入って来た扉が開かない。ここが開かないと、外に出るにはかなりの遠回りをしないといけない。
「あら鍵が・・・」
「さっきとおってきたのに?」
「どうした2人とも」
ジェイクが訓練で使う武器を一斉に引きながら出てきた。鎧を付けての訓練になるため、今回は刃を潰した鉄製の武器を使う。より実戦に近い訓練だ。
ジェイクがその武器から手を離し、扉に手をかける。
「あれ、本当だ。誰かが外から鍵を下ろしたのか?」
「先ほどワタクシ達が入って来たばかりですのよ?」
「外にはもう用具を並べ始めているから、誰かいるのはわかるだろうに・・・」
その時である。
バキン
彼らの背後から、何かが突き破られるような音がした。3人は一斉にその音の方を向く。
「な、何の音ですの?」
「なにかがこわれるおとだったね」
「武器庫の方か・・・?」
ジェイクは何があったか思い出そうとする。武器庫の奥には普段は何もないはず。
「あ・・・」
ジェイクは昨日の昼の出来事を思いだす。ミルトレが言っていた。魔獣を置いているから、不用意に近づくなと。だとしたら。
「ジェイク。何か聞こえますわ」
デュートヒルデが不安そうにジェイクの袖を掴んでいた。確かに彼女の言う通り、何かの息遣いが聞こえてきた。そしてジェイクは練習用の鉄の剣を無意識のうちに掴んでいた。
「じぇいく、これは」
「2人ともゆっくり下がれ。俺が合図したら、左後ろにある扉目がけて走れよ? いいか、足音をたてないようにゆっくりだ」
ジェイクの指示の元、3人はゆっくりと下がり始める。そして正体を表す息使いの主。
「ああ!」
「これはぴんちだ」
「やっぱりそうかよ・・・」
ジェイクの予想通り、彼らの前に姿を現したのは一匹の飢えた森オオカミだった。
続く
次回投稿は7/19(火)です。