終戦、その2~潰える者、残される者②~
相変わらずのコーウェンの調子にクラウゼルは安堵すると、無駄な会話を省いて単刀直入に切り出した。
「で、白ですか? 黒ですか?」
「う~ん、曇天のような灰色ですかねぇ~」
コーウェンにしては煮え切らない返事に、クラウゼルも肩透かしを食らったように渋い顔となる。
「なんですか、それは。筒抜けの会話を聞いても、白黒が判断つかないのですか?」
「まぁなんとなく力関係はわかりましたよ~? かいつまんで言えば~シスターネリィは非常に優秀ですが~、権限を与えられてもさほどカリスマ性があるわけでもなく~。実務はエルザ司教が~、その後ミランダ大司教が現地に直接乗り込んできて、多少強引にでも事態を動かした印象ですね~」
「エルザ司教とミランダ大司教は若手の中ではかなりのやり手として評判ですし、共に協力して執務に当たっていると聞きましたが」
アルネリアの中にいてアルフィリースから人となりを聞いているからコーウェンも知っているが、どこでクラウゼルがその話を聞いたのかとコーウェンは訝しがった。賢人会はアルネリア内部へもその手を伸ばしているのか。だが今はそれも追及する時間はなさそうだ。ネリィが暇を告げたからだ。
「今回の印象は~、エルザ司教が強引に話を進めていてミランダ大司教が宥める側でしょうか~」
「シスターネリィはどちらの直属です?」
「エルザ司教かと~」
シスターネリィはミランダのことが苦手なのか、あるいは露骨に嫌っているのか。ミランダに向けてはあきらかにおざなりな挨拶をしているが、エルザには深々と謝辞を告げて天幕を出た。声だけしか聞こえずとも、ミランダの渋い表情が目に浮かぶようだ。
天幕を出たネリィは自分の騎士2人を連れて、そのままこの場所を去るようだ。騎士ヴェルフォーはネリィの指示に諾々と従ったが、もう一人の騎士ミルトレは若く、それほどネリィと変わらないのではないかとすら思えた。ネリィの裁定にはそもそも不満を抱いていたようで、度々進言する姿をコーウェンも見た。
「(はて、それにしてもミルトレという名前に憶えがあるような~・・・どこでしたかね~。ああ、そうですか~。リサがジェイクのことを話す時に出てきた名前ですか~。たしか騎士クルーダスの件で責められて以後少し疎遠になっているけれど~、神殿騎士団としてはジェイクの方が上官になるので気まずいとかなんとか言ってましたね~)」
たしか元奴隷だとかなんとか聞いたような記憶があるが、孤児出身のネリィと意見が合わず、明らかに貴族然とした振舞のヴェルフォーの方がネリィに心酔しているように見えるのは不思議なものだ。コーウェンはなんとなく人間関係の妙に不思議な感情を抱いていたが、それもクラウゼルの言葉で中断された。
「では、この場はエルザ殿が引き継ぐので?」
「いえ~、アルネリアも撤収するようですね~」
「撤収? もう戦後処理が終了したとでもいうのですか?」
「そのようですね~。少なくとも、彼らはそう判断しています~」
「いくらなんでも早すぎやしませんか?」
確かにクラウゼルの指摘どおり、早すぎる。戦後処理は戦功論証と、略奪品の配分だけではない。負傷者の手当てや、荒れた土地の開墾、住民への補償などやることは山ほどある。ここまで軍が通るのに使った経路でも色々と問題はあったことだろう。
最低でもひと月、通常ならばふた月。下手をすれば戦うよりも戦後処理の方に時間がかかることすらままあるというのに。ネリィが決めきれないことを強引に決めたとして、そこまでエルザが優秀なのか。はたまた、これが「決定事項」だったのか。
「負傷者は?」
「それもアルネリアが全て治療しました~」
「住民への補償は?」
「そもそもそれほど人がいない土地ですが~、アルネリアが全て責任を負うそうです~」
これはコーウェンにも意外だったのか、肩を竦めている。
「出費を問題にしないほど財力に余裕があるのですか・・・だとして今後、アルネリアはどうするのです?」
「こちらにいる者たちはローマンズランド方面に再結集するとのことでしたが~。そもそも主力は向こうに行っているわけでして~」
「ふむ、今から西に向かって間に合うとも思えませんが。イェーガーはどうするのです?」
「いちおう荒らされた紛争地帯の後始末をちゃんとするという名目で~もう少しここにとどまります~」
というか、動けないのだとコーウェンは考えていた。リディルの残した竜の群れはたしかに戦力になったが、その後リディルは姿の見えなくなった勇者ゼムスを追って姿をくらませた。その後に何の前触れなく残されて知恵ある竜たちは、かろうじて緑竜クレイドル、屍竜レギレンド、蛇竜ネフェニーなどの特に人間と和することを強調できる竜によってその態度を保留にしていたが、彼らが仮に暴れるとなればその後始末に奔走することになるだけではなく、彼らを引き込んだ責任を取らされかねない。
彼らにとっての安住の地を用意することが、目下コーウェンのやるべきこととなっていた。
続く
次回更新は、明日11/8(水)18:00予定です。