表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2617/2685

終戦、その1~潰える者、残される者①~

***


 ローマンズランド軍が解体され、彼らが捕虜として連行されるのは諸侯が呆気にとられるほど早かった。

 彼らをどのように分割したものか、ネリィが大枠を決めたらしい作業はエルザが乗り込んできてから本格的に動き出し、ミランダがそれに加わってからはあっという間だった。ほとんどの諸侯は言われるがままに分担を受け取り、捕虜とそれらを移送するに必要な最低限の食料を渡されると、次々と陣払いして去っていった。

 そもそも、ほとんどの軍隊が合従軍に主力を取られた残りであるため、数こそそれなり揃ってはいたが士気が高いとは言えない軍隊なのだ。それらが最初はアレクサンドリアに起きた内乱を鎮圧するためと言われて招集され、蓋を開けてみれば内乱を起こしたのはディオーレだと言われ士気が下がり、結果としていつの間にかディオーレが本当は内乱を起こした別の者たちを誅して新王を擁立し、さらにはそのディオーレが引き続き諸侯を率いて東征してきたローマンズランドを倒すために狩り出されたのだ。

 アレクサンドリアが崩壊するようなことがあれば自分たちの国とて無事ではないことくらい誰しもがよくわかっていたが、それにしたってこの短期間で自分たちを率いる者がこれほどころころと変われば、彼らとて心を定めがたかったのは疑いようがない。

 諸侯たちの中には狐につままれたような顔をして撤退するも者が多かったが、共通していたのは内心の安堵だったろう。それでも、これが冬で農閑期でなければ。あるいはアレクサンドリアのディオーレという強力なカリスマがおらず、またアルネリアが遠征費の負担を持っていなければ、この連合軍自体が存在しなかった可能性すらあった。

 策士クラウゼルの誤算ともいえるのはこのディオーレのカリスマと、アルネリアの財力の底力だったが、それ以上にこれほど素早く軍を動かす手段と、人材の豊富さにクラウゼルも舌を巻いた。特に学生を終えたばかりのネリィがあれほどの能力を発揮するのは、完全にクラウゼルにとって予想外の出来事だった。

 クラウゼルは捕虜としてではなく、イェーガーに従うような恰好で陣中にとどまった。敵とはいえ、ローマンズランドに雇われていたS級傭兵のクラウゼルをどのように処分したものか決定できるだけの権限を持つ者は誰もおらず、コーウェンが最終的に責任をもってその身柄を預かると宣言した以上、誰も何も言える者はいなかった。

 そのコーウェンとクラウゼルが、アルネリアの天幕を見ながらゆったりと談笑していた。彼らのやるべきことは既に終えていたのであとは陣払いをするだけでよかったのだが、コーウェンはアルネリアが去った後、まだやるべきことがあると考えていた。アルネリアよりもこの場所に逗留するつもりだったコーウェンの行動は、それはゆっくりとしたものだった。

 コーウェンは肩を叩きながら、クラウゼルはコーウェンが淹れたお茶をゆっくりと飲みながら、急速に暖かくなってきた陽射しを楽しんでいた。


「まさか貴女と、これほどゆったりとした時間を過ごす時がくるとはね」

「私こそ意外です~。あなたとは雌雄を決する以外の決着はないと思っていましたから~」

「決着をつけるときは、どちらかが死ぬとき。そう考えていましたか?」

「考えられる結末の7割がたはそうですね~」


 同じことはクラウゼルも考えていた。だがそれも思い返してみれば、賢人会では常に議論や盤上遊戯で優劣を競っていたからで、その流れも今から考えればシェーンセレノが作ったものだったように思える。

 かつての賢人会は、もっと協力して新たな論理を構築したり、共同研究を行ったり、あるいは出資者を募ったりする場所だったと聞く。人間同士の逸材を争わせ、消耗させることもシェーンセレノならぬサイレンスの考えだったのかもしれない。


「いつの間にかまんまと乗せられていたわけだ。私もとんだ愚か者ですね」

「いつだって愚者と賢者は紙一重ですよ~」

「そう思えるほどには大人になったでしょうか?」

「老成したというよりは~、成長したと信じたいですね~」

「このお茶の淹れ方のように?」

「ええ~、上手くなったでしょう~? これも良き気分転換になると団長に教わりましたよ~」


 コーウェンも自ら淹れたお茶を手に、すとんと椅子に座って外をクラウゼルと共に眺めた。後ろにはレヌールが控えているので、彼らの会話が誰かに聞かれることはない。

 つまり、コーウェンはそれなりに重要な会話をしたがっているとクラウゼルは受け取った。


「アルネリアの天幕が気になりますか?」

「それはもちろんでしょう~。私、正直もうちょっとこのローマンズランドの鎮圧には時間がかかると思っていたので~」

「私もそう思っていました。まさか勇者リディルを裏切らせて、仲間につけるとは。完全に誤算でしたね」

「あれは出来過ぎでしたね~。おかげさまで戦いは楽になりましたが~、仮にそうでなくともアルネリアがなんとかしたかもと思っています~」

「その根拠は?」

「実はアルネリアの本陣の中の会話は筒抜けでして~」


 コーウェンが口元をお茶で隠しながら、とんでもないことをさらりと言い放った。クラウゼルが背後のレヌールを見ると、彼女は小さく頷いて答え、地面をとんとん、と足で踏みならして耳を立てる仕草でその理屈を説明してみせた。

 この土地は沼や荒れ地が多く、鉱石が取れるほどではないが、地面には金属質と水分が多く耕作に適さない土地として打ち捨てられている。ディオーレが細工をし、地質に強いセンサーがいれば、地面を通じて天幕の会話を聞くことも可能かもしれない。結界は地面の下に張られることは滅多にないからだ。



続く

次回投稿は、11/4(土)18:00です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ