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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その288~夢の跡と笑う者㊽~

 発射から着弾まで一呼吸も不要。その速度の矢を、指の間で軽く止めて見せるフードの人物。並みの重装歩兵なら跡形もなく粉々にするほどの一撃を、ありえない反射速度と物理法則で受け止めたフードの人物。だが風と衝撃だけは完全に遮断できなかったのか、フードが風でぶわりと巻き上がりかけ、慌ててフードの人物が外套を押さえた。

 エネーマはその人物が誰かであることにさして興味はなかったが、ひょっとすると姿を晒すことに抵抗があるのかと考えると、次の一手を予定と変更する。

 再度反対の腰に下げていたボウガンを射出。一見芸のない一撃をフードの人物はまたしても指の間で挟んでみせたが、今度は余裕をもって片方の手でフードを押さえていた。だが今度はボウガンの矢の後に、炎の球、そして雷の球が続いていた。

 風の矢で空気を切り裂き、その直後に発生する真空の隙間に魔術を連射して、通常ではありえない速度で魔術を届かせる。エネーマならではの、短呪の三連射でフードの人物に襲い掛かった。

 魔術障壁も物理障壁も、魔術での展開は間に合わない。どんな魔術でも、一度敵の攻撃を弾いた後には、次の展開にまで誤差が生じることをエネーマは知っている。つまりどんな高等な防御魔術も、この間合いの魔術の三連射は防げないとエネーマは気づいたのだ。どんな教書にも載っていない、辺境で大物を仕留めたエネーマの必殺の一撃が見事にフードの人物に着弾し、爆発した。


「ふっ。どれほど強いのか知らないけど、当たりさえすればなんとでもなるものだわ」


 エネーマはそれでも油断なく、転移魔術を準備した。三連射のために用意した転移魔術は準備が遅れたが、それでも数呼吸で準備は整う。最後にフードの人物が何者だったのか証拠でもつかめるかと目を凝らして、エネーマは後悔した。

 爆風はすぐにはるの風で四散したが、そこには無傷で、相変わらず座ったままの姿勢のフードの人物がいた。いや、フードは爆風で脱げていた。その下にあった人物を確認して、エネーマは思わず息を飲んだ。決して無事だったことを驚いたのではない。そこにいた人物が予想外過ぎて、エネーマはしばし立ちすくんでしまったのだ。


「ど、どうしてあなたが――」


 エネーマは転移魔術が起動したことで、はっと我に返った。予め設置しておいた脱出用への場所へと跳ぶために、ほとんど反射的に転移魔術に飛び込んだ。そして飛び込んだ先で、ようやく息を吐きだすことができた。それは、エネーマが味わう久々の恐怖だった。

 だが大きく息を吐いた後も、エネーマの動悸はまだ収まらない。それどころか、考えれば考えるほど、脈が早くなる気がする。

 巡礼として、S級の傭兵として数々の神秘と闇に触れてきた。人が知らぬこと、知らないでもよいことも多く知っているだろう。だがこれは――決して知ってはならない類の事実だった。

 まだ考えがまとまらないが、この事実を誰に伝えるべきか。危険すぎて誰にでも知らせるものではないが、自分ひとりで抱えるにも重すぎる。考えをまとめるために顔でも洗いたかったが、生憎と近くには谷深い激流しかない。わざわざ人気のない峻険な地形を選んだのだ。人里は遠く、周囲は森。唯一開けた場所は谷で、とても跳んで渡れる距離ではない。

 エネーマはそれでも、腰に下げていた携帯用の水をあおった。そこで初めて、腹に穴が開いていることを思い出す。血を失いすぎた時に水を大量に飲むのはよくないと思い、頭から浴びることした。冷気で冷たくなった水が、エネーマの冷静さを取り戻してくれた。


「ふぅ・・・内臓は避けているようだけど、放置もよくないわね。表面は焼いて、水の魔術で活性化しても数日じゃ治らないか。どこかにしばらく身を隠さないとね。それから・・・」


 エネーマの頭脳が高速で回転し、これからどうするべきかと考えだす。そもそも10ヶ所を超える隠れ家は全て都心部以外に準備しているが、医薬品まで備え付けているとなると数は限られる。

 残りの魔力、距離、体力。それらを考えると、すぐにでも移動を開始しないといけないだろう。


「いたた・・・血を補充するのに、精のつく食事を用意しておくべきだったわね。次の転移魔術のポイントにはちょっと距離があるし・・・あら? どうして転移魔術がまだ消えてない――」


 エネーマがふと転移してきた場所を見つめると、転移魔術が終了すると、収束するように光が中心に集まり、やがて消えるはずだった。だがその光が消え切らずに、一筋の光が立ち上ったままなのだ。

 おかしいと思ったエネーマは光に近づいてしまった。血が流れていたせいで正常な判断を失くしていたのか、それとも痕跡を消すべきだと考えたのか。どちらにせよ、近づいたエネーマは、光の中からぬぅっと出てきた腕に右腕を掴まれた。


「なっ・・・まさか、転移魔術を辿って!?」


 エネーマが掴まれた腕をはずそうともがくが、相手は信じられないような力でエネーマの腕を離そうとしない。骨が軋んだかと思うと、一瞬で骨が砕ける音が聞こえた。それどころか、肉の千切れる音が聞こえてくるのだ。

 エネーマの顔が苦痛に歪む。相手は人間の腕のはずなのに、信じられない腕力だった。


「はっ、離しなさい・・・離せ! あぁあああ!」


 エネーマの腕が根本から千切れて鮮血が噴き出した。激痛にもんどりうつエネーマが見たのは、転移魔術でつながった空間を強引にこじ開けてこちら側に出てくるフードの人物だった。



続く

次回投稿は、10/30(月)19:00頃です。

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