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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その287~夢の跡と笑う者㊼~

「・・・常に空から、全てを見ている?」


 エネーマの頭脳がありえない結論を導くと、それは意図せず口から漏れ出た。だが口にして得心した。もしそうなら全て辻褄が合うように思えてしまう。

 だがそんなことが可能となれば、それは――


「精霊。いえ、争いを起こしているとなればもっとおぞましい何か」


 高位の魔術士でもあるエネーマだからわかる、万能ではない精霊の力。彼らはただそこに存在しているだけで、意図をもって力を行使することもなければ、人間における悪意と善意の区別もつかないものだ。

 意志持つ上位精霊ですら、人間とは価値判断の基準が違う。ましてかれらが意図をもって人間の軍を動かし、半端に人を追い詰めるなどまずもってありえない。あったとして、もっと単純なものだ。決して半端な数の軍をぶつけて、単に消耗させるような真似はしない。かつてそのようなことをした上位精霊がいたのではという記載を巡礼時代に見たことがあるが、二度と出る類の魔王ではあるまい。あれこそは異端中の異端なのだ。

 だが、あのフードの人物には悪意しかない。あるいは、悪意「すら」ない。人間なんて路傍の石のようにいてもいなくても同じようなものとして扱っていると、感じ取ることができた。

 腹が立った。巡礼としての矜持は捨て、傭兵として生きるために人間性などはあてにせずに暮らしてきた。だが、人間であることそのものを捨てようとしたことは一度もない。あの存在は人間であることを否定する存在だ。決して生かしておきたくないが、理性がエネーマを押しとどめてやるべきことをさせた。

エネーマが魔術を準備する。一つは脱出のための転移魔術、もう一つは信号のように打ち上げる爆発の魔術。飛竜の近くに魔術が炸裂すれば、竜騎士たちは攻撃と勘違いして自然と周辺騎士団の存在にも気づくだろう。爆発の魔術を放ち、同時に転移魔術で逃げる。これだけでいいのだ。あの距離なら竜騎士団が逃げる方が早い。


「お前の思うように全てが行くとは思わないことね」


 エネーマは射角を取るために立ち上がった。隠形の魔術はかけたままで、魔術はあらかじめ仕込んでおいた触媒を介しているから、起動のために大流マナを収束させることはほとんどない。つまり、誰にも気づかれずに行動し、逃げる。そのはずだったエネーマの背中から腹にかけて、突如として熱さが走った。


「・・・え?」


 眼下の草が鮮血に濡れた。まだ冬が終わるばかりだというのにいつの間にか青々と茂り始めた緑の地面が、赤く染まる。何が起きたかはわかっている、あの空にいる奴に魔術で撃たれたのだ。

 空を見上げると、相手はよそ見をしたまま指先だけをエネーマの方に向けていた。もし射角を取るために立ち上がっていなければ、間違いなく頭を撃ち抜かれていた位置だ。エネーマは準備した魔術をそのままに、相手を睨み据えた。隠形の魔術など関係なく、既に位置はバレていた。どうやってかは知らないが、相手はエネーマのことを最初から気づいた。その上で取るに足らない相手として見過ごし、動いたから気まぐれに撃った。まるで肌にとまった蠅でも払い落とすかのような気安さで。


「・・・目にものみせてやるわ」


 腹に空いた穴から血が噴き出すと同時に、エネーマが魔力を解放した。その気配に気づいて、空に座るように浮いていた相手がエネーマの方を振り向いた。

 そして優雅に足を組み直すと、フードの一部が動いて口元がかろうじて見えた。その口元はエネーマを見て薄く笑っていた。

 侮蔑。エネーマはそう受け取った。屈辱は倍にして返す。巡礼時代からの、いや、貴族の時代からのエネーマの流儀だ。流れる血など、知ったことではない。傷は深い、それがわかっていてもやることがある。

 ローブの下に隠しておいたボウガンを構え、速射。小型なので至近距離でなければ致命傷にならないサイズだが、魔力制御に優れるエネーマはこれに工夫を加える。《風針エアロニードル》の短呪の応用で風を回転させて纏わせ、貫通力と飛距離を伸ばす。これなら並みの大楯でもゆうに貫通し、鎧ごと粉砕する。

 避けれるものなら避けてみろ。そう言いたげな表情で、流れるように放たれた攻城兵器のごとき一撃が、ローブの人物に襲いかかった。



続く

遅れてすみません。今日中にもう一話掲載予定です。

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