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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その285~夢の跡と笑う者㊺~

「オーダイン殿。心から納得がしているのなら、そのように苦しい表情はせぬものだ」

「・・・これは痛いところを」

「貴殿も身分は傭兵でありながら、心根は騎士であろう。かつて某国で将来有望であった貴族の青年が出奔した後に名を成したと、風の便りに聞いたことがある。彼はあまりに騎士であろうとしすぎるがゆえに、騎士の心根を忘れたその国に我慢がならなかったのだそうな。その青年ならば、この惨状を見てどう思うのだろうな?」


 レーベンスタインの言葉の意味を考えながら、オーダインは慎重に、そして偽らざる自分の本心を現す言葉を選んだ。


「・・・あくまでその青年の心境を代弁するつもりで考えてみれば、おそらくはその青年は槍をとって駆け出すだろう」

「ほう、何と戦うために?」

「世の理不尽と。彼が国を出奔したのと、同じような気持ちで」


 その答えにレーベンスタインは頷くと、直垂を返して彼らに背を向けた。


「騎士とはままならぬものだ」

「知っている」

「ゆえに、かつて私はその青年のことを羨ましく思った。いつか彼と騎士として、国の名誉をかけて戦うようなことがあればよいと夢に見ながら、決して叶わぬと知っていた。だが今だからこそ思うこともある。国に属しているからこそ、できることもあると」

「ならば、どうするのだ」

「可能な限り彼らをわが国で受け入れることができるかどうか、我が主に掛け合ってみよう。その過程で、何名か数が合わなくなることもあるかもしれぬがな。何せ戦争の最中、後始末は多忙を極める。我が国の紋章官や記録官、書記はそもそも不足していてな。補充を要請しているが常に足らぬのだ。人材不足というものは、いつの時もついて回る」


 レーベンスタインの言葉に、一番ぎょっとしたのはディオーレだった。レーベンスタインとはそれなりに顔を合わせてから長い付き合いだが、こういった言い回しをするのは初めて知った。

 背中しか見えぬレーベンスタインだが、その表情が笑っているようにディオーレには感じられた。


「どうした貴殿。何か悪い物でも食べたのか?」

「統一武術大会を経て、少し考えることがあったのだ。完璧な騎士、などと呼ばれて凝り固まっていたが、負けてみれば何のことはない。肩の荷が下りたように身が軽くなっただけだった。生涯研鑽を積み、常に挑み続ける。そう考える方が、より向いていて、高みに到達できると考えただけだ。ディオーレ殿になら思い当たる節もあろう」

「双肩にかかる重さはあれど、私は自分が高みにいるなどとは一度も考えたことはないよ」

「とはいえ、空を飛ぶ鳥が羨ましい時もあろう。だが彼らがいてこそ、我々の存在意義も際立つ。私は私にできることをするだけだ」

「私もだ。私もローマンズランド軍の捕虜を請け負うさ。せいぜいこき使ってやるとしよう。こき使いすぎて、逃げてしまうかもな」


 ふふん、とディオーレが得意げに鼻を高くしたので、オーダインはしばしぽかんとした後、思わず声を出して笑ってしまった。レーベンスタインもまた、肩を小さく振るわせて笑っていた。

 悲惨の戦いの後に安堵して笑ったことはある。だが可笑しくて笑ったことはない。不謹慎ではあるが、今はこの笑いを活力としたい。でなければ、次の戦いには迎えないと思っていた。

 夢の跡か、夢の続きか。それを決めるのは自分たち次第でもあるのかとオーダインが考え、槍の先をどこに向けるかで考えようとして、ふと足元に目をやって異変に気付いた。


「・・・貴殿ら、野草には詳しいか?」

「どうした? 戦場に出るなら、嫌でもある程度詳しくはなる」


 ディオーレの返答に、オーダインは足元をじっと見て答えた。続けてレーベンスタインもふと足元を見下ろしている。


「食えるかどうかの話ではない。この花は――」

「咲くのが早い。モーイ鳥の飛来から、早くとも半月は後にしか生えないはずだ。この花は――」

「――モーイ鳥が運ぶ種の花だ。貴殿ら、今日より前にモーイ鳥が鳴くのを聞いたか?」


 ディオーレの言葉に、オーダインとレーベンスタインが首を横に振る。その時、地面が静かに揺れた。その揺れは小さく、しかしとても長く揺れていた。まるで決まったばかりの彼らの決意を揺さぶって、嘲笑うかのように。



続く

次回投稿は、10/26(木)19:00頃を予定しています。

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