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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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傍らに潜む危機、その1~違和感~

「いってぇ~」

「はい、動かずにじっとする!」


 ジェイクはクルーダスに倒された後、訓練でできた傷をデュートヒルデに手当てしてもらっていた。


「くるくる! お前もうちょっと上手くできないのか?」

「できないから貴方で練習しているのでしょう? ワタクシに出来ないことなど在ってはならないのです!」

「炊き出し実習もてんでだめじゃねぇか」

「おだまりっ!」


 その喧嘩まがいのやりとりに、介護室の担当教官が苦笑しながら2人を見ている。


「練習台か俺は? これならリンダにやってもらえばよかった」

「ワタクシよりもリンダの方がいいとおっしゃるの?」

「当然だろ。アイツは包帯巻くのは上手いぞ」

「じゃあリンダにやってもらったらよろしいでしょう!?」


 デュートヒルデが包帯を力任せに結ぶと、その場所を手形が出来そうなほど強く叩く。


「ぎゃあああ!」

「はい、終わり! フン!」


 そしてデュートヒルデはぴしゃりとドアを乱暴に閉めて出て行ってしまった。その様子を見て、介護教官であるハミッテ女史がくすくすと笑っている。


「笑い事じゃないよ、先生」

「いや、ごめんなさいね。ほら、こちらにおいでジェイク君。包帯を巻き直してあげましょう。あまり強く結ぶと血行が悪くなりますからね」


 ハミッテ女史は手なれた様子でジェイクの包帯を巻き直して行く。ジェイクは最近激化する訓練のせいで、介護教官のハミッテにお世話になりっぱなしだった。


「それにしてもジェイク君はもう少し女心を理解しないとね」

「女心?」

「そう。グローリアにそういった授業があればいいのにと、先生は思ってしまうわ」


 ハミッテは可笑しくてたまらないと言った様子で、ジェイクの包帯を巻きなおした。ジェイクにその理由はまだわからないらしく、終始不思議そうな顔をしていた。

 ジェイクはキツネにつままれたような顔をしながらも、介護教室を後にする。そしてこの後は午後の授業である。座学は眠いんだよな、とジェイクがやや重い足取りで教室に向かうと、途中で5年を指揮して大きな箱を引っ張って運ばせているミルトレに出会う。


「む、ジェイクか」

「ミルトレ。何、その大きな箱は?」

「『さん』をちゃんとつけろとあれほど・・・」


 ミルトレがジェイクの頭を軽く殴る。


「いてて、今日は厄日だ・・・で、ミルトレ、さん。その箱は?」

「これか」


 ミルトレが箱をこんこんと叩く。


「この中には魔獣が入っている」

「ええ? 危なくないのか?」

「今度魔獣同士を戦わせて、その行動を観察する授業が行われる。これは実践向けだから非常に参考になるぞ? そのための魔獣だな」


 ミルトレが説明する。確かに中からは何かをひっかくような音が聞こえるような。


「でも、その後は?」

「最後はクルーダスが戦う」

「えええ!?」


 その言葉にジェイクが驚いた。さすがにそれは危ないのではないだろうか。


「何を驚く? 俺もそうだし、クルーダスに至っては既に魔物征伐に5度も出陣している。別に驚くようなことではないさ」

「言われれば確かにそうか」

「それとも、お前が代わりに戦ってみるか?」


 ミルトレの意地悪い言葉に、ジェイクは少し考え込んだ。だが、


「やめておきます」

「ほう? てっきり乗るかと思ったが」

「いえ、無駄に命をかけるのは馬鹿のやることだと思うので。騎士は然るべき時に、然るべき場所で、然るべき者のために命をかけるものだと」

「・・・それが言えれば立派なものだ」


 ミルトレが感心したようにジェイクの頭をぐしゃぐしゃとこねる。だが、ジェイクはそれが不思議と嫌ではなかった。


「俺は猪突猛進型だからな。よく突っ込んでは上級生に怒られた」

「なんとなくわかります」

「こいつめ!」


 少しミルトレが怒ったようにジェイクの頭を小突く。


「減らず口はほどほどにしておけ」

「すみません」

「ああ、こいつは武器庫の奥の保管庫に運んでおくが、決して近づくんじゃないぞ? お前は武器庫に良く出入りするだろうから、念のため心しておけ」

「了解です、先輩」


 ジェイクはそれだけ言ってミルトレに挨拶すると、教室に向かうのだった。


***


カラーン・・・カラーン・・・


 午後の終業を告げる鐘が鳴る。と、同時にジェイクは背伸びをして体を伸ばす。


「ふう、やっと終わった」

「ジェイク、今日の予定は?」


 ネリィがジェイクに聞いてくる。


「今日の夕方は騎士団の合同練習らしくて、俺は外されたんだ。さすがに子どもを他国からの使者がいる中で整列させるのは、色々問題があるだろうってさ」

「なるほど、それもそうね。ということは」

「ああ、夜までは暇だ。アルベルトとラファティも今日は忙しいし、ロクサーヌが暇なら剣の練習は頼むつもりだけど、特に予定はないかな」

「課題も今日は無いものね。それなら、ブルンズの家にお呼ばれしない?」

「ブルンズの?」


 ジェイクがブルンズの方をちらりと見る。ブルンズは既に懲罰房から出てきており、普通どおりの学校生活を送っている。その彼が正式にジェイクに謝罪したのは7日程前の事。懲罰房から戻ってすぐだった。どうやら彼なりに思うところがあったらしい。今ではジェイクもその謝罪を素直に受け入れ、普通に話すことが多い。

 ブルンズも話してみればそれなりにいい奴で、悪く言えばずぼらだが、良く言えば細かいことにこだわらない男だった。彼の父親が一つの騎士団を任される立場というのも良くわかる。きちんとブルンズが騎士のなんたるかを学べば、剛毅な男という評価を受けるだろう。

 時に無神経な発言もあるものの、それはきっと自分も同じだろうとジェイクは思うので、お互いさまだった。そして今ではそれなりに仲良くなり、ブルンズの申し出で剣技の稽古もちょくちょくするのだ。ブルンズは必ずジェイクから一本取ると息巻いているのだが、中々そうはジェイクがさせない。

 まあそんな毎日であるのだが、果たして招待とはいかなる理由なのか。


「なんで?」

「今は彼の教育係である執事さんがこちらに来ているんですって。それで彼の家で晩餐をしましょうって。この前のお詫びを、どうも言葉だけではブルンズが納得できないんですって」

「へえ。変な所で律儀だな」


 ジェイクは感心したように頷く。そしてせっかくなのでお呼ばれすることにした。他にもいつもの仲良し集団はその場に加わる。リンダ、ディートヒルデ、ロッテ、ラスカル、ルース、その他数名と言ったところか。だが、ジェイクは何か心に引っかかる物を感じるのだった。

 そうこうするうち、ブルンズの執事が教室にまで姿を現した。感じの良く、穏やかな老執事といった雰囲気だ。彼が育てて、どうやったらこんな猪武者みたいな性格の少年が育つのかとジェイクは訝しむ。

 そしてジェイクはなぜかその執事を見て落ち着かないのである。


「・・・?」


 その執事を見ていると胸のあたりがむかむかする。ジェイクが一見で人間を嫌うなど、今まで彼は一度も経験していない。


「(おかしいな・・・なんでだろう? 気のせいかな)」


 仲間達は誰も同じ印象を抱いていないらしい。全員が楽しそうに執事の話を聞いており、既に何を菓子するか、どんなはーぶうを用意するかで盛り上がっている。

 そうしてジェイクはもやもやした気分のまま、ブルンズの招待を受けるのだった。


***


 晩餐会は何事も無く終了した。とりあえずブルンズがあれほど太る理由は良く分かった。菓子を他の人間の三倍以上も食べれば当然だろう。途中でリンダ止められる始末であった。

 しかし晩餐会が無事終わったことに、当然のことにもかかわらず、ジェイクはなぜかほっとしていた。夕食も文句なく美味しかったのだが、ジェイクはあまり手を付けなかった。なぜかそんな気分にならなかったのだった。ジェイクは気がつくと執事の一挙一動を追っている自分がいることに気がついた。


「うーん・・・」

「どうした、ジェイク?」

「ラスカルか」


 余程ジェイクは浮かない顔をしていたのか、ラスカルが心配して話しかけてきたのだった。


「顔色が悪いぞジェイク。慣れない豪華な食事に腹でも壊したか?」

「お前と一緒にするなよ、ラスカル」

「人が心配したのに、なんて言い草だ」


 ラスカルが渋い顔をしたが、ジェイクはそれどころではなかった。


「(なぜだろう・・・何が引っかかるんだ? 何かを見逃したような気がする。見逃してはいけないものを)」

「おい、本当に大丈夫か?」

「あ、ああ。大丈夫・・・だと思う」


 そう、大丈夫なはずだ。とジェイクは自分に言い聞かせた。だが、それでも何かもやもやした気分は晴れなかったのである。



続く


次回投稿は、7/17(日)12:00です。

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