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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2609/2685

開戦、その283~夢の跡と笑う者㊸~

「あなたは雇われた傭兵でしょう? 戦争責任は別の者に取らせるべきでは?」


 そう言われたクラウゼルは、ドニフェストの首を差し出した。死なせたくなかった人材だが、死んだからには仕方があるまい。その首は最大限に有効活用すべきだ。

 だがクラウゼルが驚いたのは、ネリィは眉ひとつ動かさずにその首をじっと見つめたことだ。いかに有能とはいえ、まだ幼さの残るシスター。人間の生首を目にして眉一つ動かさないとは。これが信奉者という者かと、クラウゼルがその表情から何かをつかみ取ろうとしたところ、ゆっくりとかぶりを振った。


「足りません」

「は? 今なんと――」

「足りません、と言いました。今回の投降で、全ての将兵が恭順の意志を示したわけではない。そうですね?」

「え、ええ。当然中には最後まで投降を拒否した者もいますが――」

「彼らはどこに?」

「わかりません。霧の中に消えました」

「わからぬわけはないでしょう。彼らは移動に必要な飛竜と、最低限の糧秣を持って脱出したはずです。彼らはどちらに向かいましたか?」

「それは――」


 まさか知らない、とでもいうのか。クラウゼルは全軍へと投降を呼びかけた。それはその方が相手の印象もよくなるし、何より別働隊の顛末を聞くに、既に包囲されていると考えていたからだ。抵抗が無駄なら、一兵でも多く生き残らせることが軍師の仕事だ。

 竜騎士なら包囲されていても、突破することはできるだろう。だが飛竜は永遠に飛び続けることはできない。休息の合間、そして何より食糧難が彼らを襲う。長期戦はどうあがいても無理だと、クラウゼルが諭してもなお、軍から離脱した者たちはいた。

 その数、ざっと3000。いずれも、ドニフェストとは別に古参の竜騎士で、有能な者が多かった。それもまた選択だとクラウゼルは捨ておいたが、ネリィは彼女の傍にいる騎士に向けて頷いた。


「我が騎士ヴェルフォー」

「は」

「逃げた竜騎士たちを追撃し、殲滅なさい。一兵たりとも生かすな」

「はっ。投降した者たちはいかがなさいますか」

「そこな軍師以外、大尉以上の者は全て首を落としなさい」


 顔色一つ変えずなされた非道な命令に、その場の者全てが目を丸くした。それはローマンズランドも、アルネリア以外の将兵全てが同じだった。

 その間が、彼らにとって致命的となった。ヴェルフォーと呼ばれた若い神殿騎士は、ここにいる投降したローマンズランドの将兵の名前と役職を確認した。


「ここにいる者は全て大尉以上のようです」

「では全て斬首」

「はっ」


 ヴェルフォーが一歩前に出た瞬間その場を立ち上がりかけた者もいたが、何もかもが遅かった。彼らは投降した以上誰も帯剣しておらず、なんの抵抗もできずあっという間に首が飛ばされた。

 見事なのはヴェルフォーの腕前。ほとんど同時に投降した将兵8名の首が宙を舞った。クラウゼルは茫然としたまま一人、血の雨の中に取り残された。

 あまりの出来事に、さしものクラウゼルも硬直してその場を動けなかった。そのクラウゼルの横を素通りしながら、ネリィがさらに命令を下した。


「飛竜はその場で全て処分、逆らう者も同罪とせよ。恭順の意志を示した者は強制労働につかせる」

「聖都アルネリアに送りますか?」

「その必要はない。ダスカなら大きな協会支部とその土地がある。そこに一度収容し、そこで分散して戦災復興にあたらせよ。彼らのせいで少なくない被害を被った国もあろう。その再建に当たらせる」

「かしこまりました」

「待っていただきましょう」


 クラウゼルが去りかけるネリィを呼び止めた。膝をついたままのクラウゼルはネリィを見上げる格好になったが、その瞳があまりに無機質で思わず怯みかけた。疲労が覚悟を捻じ曲げようとするのを抑え、なんとか気概を振り絞れたのはネリィのごとき少女に舐められてたまるかという意地だけだった。

 

「投降した兵士は国際的な通例によれば、捕虜交換となります。貴族であれば身代金が、平民ならば労役が課せられますが、それは第三国においてのことだ。当事者の国に送れば、酷使されて死亡することもありえる。それをまさか知らないとは言わせませんよ?」

「――ローマンズランドはアルネリアを始めとする協会支部の建設に反対しました。先の大陸平和会議には出席しましたが、例年の参加はなし。今まで国際的に決定された条約などへの批准もなく、再三の勧告も無視し続けたのです。捕虜になった時だけ国際法が適応されるとお思いか?」

「だがしかし、ローマンズランドという国がある以上は一度くらい掛け合うのが人道というものでしょう?」

「策士クラウゼル。目的のためなら非道で鳴らしたあなたが、人道を語るのですか。それではあなたに殺された者も浮かばれないでしょう」


 すぅ、とほそめられる目に、天幕の中の空気が一段冷えたように思われた。だがクラウゼルは視線をネリィから外さない。ここで折れては、何のためにドニフェストの首を持ってきたのかということになる。

 結果論ではあるが、軍団の判断は正しかったことを認めつつあった。このネリィという少女は、ことと次第によっては軍団以上の化け物かもしれない。ここで引けば蹂躙される。身命を賭しても退かない覚悟のクラウゼルに、ネリィがふぅとため息をついた。


「――たしかに、あなたの言うことにも一理あります」

「では」

「交渉の使者は準備しましょう。ただ、その交渉する相手があれば、ですが」

「どういうことです?」


 クラウゼルの質問に答えるように、ピ、チチ、と外でモーイ鳥が鳴いた。春の到来を告げる鳥の飛来だ。

 ネリィが天を見上げた。


「刻限です。思ったよりも早かった」

「何の刻限――まさか」

「あなたたちは囮だったのです。最初から使い潰すつもりだったのでしょう」

「まさか、これがスウェンドル王の。いや、カラミティの策だったのか!?」

「ええ、カラミティが動き始めますよ。いかほどあなたが策士と呼ばれようと、彼女は千年を超えて策を練ってきた正真正銘の化け物です。一言でいえば、年季が違う。さて、問題はどのくらい時間に余裕があるか。無事な人が多ければいいのですが」


 その言葉に、どこか他人事のような空々しさを感じたのはアルベルトだけだった。兄同然のジェイクが現場にいることをネリィは知っているはず。それすらも今は気にならないというのか――アルベルトはこれからの世代の育成方向がこれでよいのかと、疑念を抱かざるをえなかった。



続く

次回投稿は、10/24(火)19:00頃です。

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