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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2606/2685

開戦、その280~夢の跡と笑う者㊵~

「死んだな」

「軍団が? まさか先ほどの彼が、あれを殺したとでも?」


 ありえない事態に、クラウゼルはかつての依頼を思い出す。辺境で未討伐個体を相手にした時も、無傷で帰ってきた。巨大な建造物のような巣を作る虫型の魔獣の軍勢が相手だったのに、軍団は何事もなかったかのように殲滅して帰ってきたのだ。帰ってきた時の言葉は「まあまあの相手だった」と、それだけだった。

 戦争で崩落する砦に巻き込まれた時も、何事もなかったかのように合流してきた。依頼で一緒だった他の傭兵は誰も生きてはいなかった。ゼムスからその正体をなんとなく聞かされていたので、てっきり不死身のようなものだと思っていたが、そうではなかったようだ。

 どのようにして軍団を殺したかは興味深いところだったが、ゼムスが普段は無表情な顔を強張らせていた。


「そういうことなのだろうな。まさか軍団を殺すとは驚きだが、何かの加護でも得ていたのかもしれない。なんにせよ、尋常な手段ではあるまい。あの青年は、イェーガーの所属だったようだが」

「私もそう記憶しています。ただ軍団を狩るための加護とは一体――軍団とは結局、何者だったのです?」

「ふん。性根の卑しい、人間の歴史にとりついた汚泥のようなものだ。お前は知らんでもいいことさ。それよりも、あの青年もそうだが他に気になることがある――そうだな、エネーマ?」

「え?」


 突然ゼムスが振り返ったので、クラウゼルもつられて振り返った。視線の先には、いつの間にか副団長のエネーマが天幕に隠れるようにして立っていた。

 相変わらずよくわからない、不気味な女。それがクラウゼルの偽らざるエネーマへの感情だった。他の性格破綻者が一歩後退するほどの残虐性を見せるかと思えば、今回のように金銭など関係なく人助けに奔走することもある。ふらりと消えたかと思えば、気配も感じさせずこうして傍に立つときもある。

 一貫性のない行動にクラウゼルでさえも読めない部分が多い女だが、そのエネーマの表情が見たこともないほどに真剣で、そして青ざめていた。そのエネーマが手招きして2人を天幕に引き入れる。立ち話も何なので、2人も一度天幕に入った。

 天幕には最低限の明かりしかなく、他には誰もいないようだった。


「軍団が――死んだのね?」

「そのようだ。お前はこんなところに来てまで、人助けをしていたのか?」

「そうね、結果的に」

「狙いはなんだ。もう俺の監視は良いのか、巡礼の密偵よ。いや、ミリアザールの懐刀とでも言い換えるか?」


 ゼムスが言い放った言葉に、エネーマの表情が少しだけ強張った。


「何の話――とは今さら言わないわ。私はたしかにいまだにミリアザールとはつながりがある。だけど、他の誰も私の動きには関与していないし、勝手にあなたたちの傍にいたのもまた事実だわ」

「我々はもうほとんど皆死んでしまった。この結果にミリアザールは満足だろう。イェーガーが成長した今、自分たちが手を下せない場所へ派遣する使い走りができたのだから。これから辺境の調査は奴らにさせればいいことだ。不要な使い走りは切って捨てられるということか? それとも、貴様が私たちに引導を渡すか?」

「冗談はよして、私もその使い走りなのよ。それに、放っておいてもアルフィリースなら辺境を探索するし、アルネリアは監視するだけでいい。それに、あなたが危険視されたのは別の理由よで、けっしてイェーガーとは無関係だわ。それに、私はあなたたちの行動をコントロールしたことなんてない。あなたたちから危険に近づき、そして死んでいった。それだけの話だわ」

「ライフリングだけは匿ったか」


 エネーマの表情は変わらない。だが形の良い眉がぴくりと動いたことを見逃すほど、クラウゼルもゼムスも間抜けではない。


「ええ、匿ったわ。あなたではもう、隠れ蓑にもならないもの」

「構わんさ、俺にはライフリングをどうこうしようというつもりはなかった。それより、わざわざここに来たのだ。言うことかやることがあるのだろう?」

「・・・一つ、聞きたいわ。アルネリアの関係者を戦場で見て、どう感じた?」

「それは騎士の方か、それともシスターの方か」

「両方よ」


 エネーマの質問の意図をクラウゼルはつかみかねたが、ゼムスはわかっているようだ。答えたものかどうか試案しながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「騎士の方は尋常ではなく強いが、異常ではない。狂ったように剣の道を追い求め、そして人の道を踏み外しつつあるが、一線をわかっている男だ。だがシスターの方は、自分が既におかしいという自覚すらあるまい」

「やはり――あなたの特性がそう告げるの?」

「そうだな、確信に近いことだ」


 特性――『英雄』と『魅了』が何かを告げるのだろうか。それとも、他の何かを指しているのか。クラウゼルの思考に、ゼムスの言葉が割り込む。


「俺からも一つ聞きたい」

「どうぞ?」

「あのシスターのような魔術使い。いや、あえてアルネリアに深く傾倒した『信奉者』とでも呼ぼうか――は、何人くらいいると思う?」

「・・・少なく見積もって、50人。私が得た情報が正しければ、それだけは確実に。あるいは、その倍かも」

「そうか」


 エネーマとゼムスが黙りこくった。クラウゼルは何もわからず、2人の言葉を待った。彼らは何か、自分の知らない世の流れを見ているのだ。

 それが闇か光かはわからないが、きっと知らない方がいいことだ。だがこの場に居合わせた以上、もう知らないでは済まされないだろう。今後のことを考えなくてはいけない。クラウゼルの結論を待たずして、ゼムスが口を開いた。



続く

次回投稿は、10/12(木)19:00予定です。不足分補います。

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