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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2605/2685

開戦、その279~夢の跡と笑う者㊴~

 全てを見届けた青年――レイヤーは、ふぅと大きく息を吐いた。


「・・・危険な相手だった」

「(やったのか)」


 腰に差したままのシェンペェスが語り掛ける。刀身の修復は完了しているが、今回の戦いでは出番がないと踏んでいた。というより、レーヴァンティンの導きに従って体が動いたというべきか。

 普段より鋭い感覚、身体能力。意識して全ての能力を完璧に使いこなすとでも例えるのか。あの勇者ゼムスの動きすら、止まって見えていた。あの状況ならゼムスが剣を抜く前に一刀両断できる。そんな確信すらあった。

 その感覚を得ていたレイヤーにあったのは、恐怖だった。自分でも知らない能力を発揮し、敵を凌駕する。その自分にあるのは確信と、わずかの愉悦、そして大方は恐怖。その感覚はこの軍団――シェイプシフターを倒したことで去ったが、残ったのは強敵を倒した充実感ではなく、喪失感だけだった。

 無表情のレイヤーの心境を、シェンペェスは鋭く察している。無数の剣士の記憶と体験、そして無念を記憶するシェンペェスだからこそ、人間以上にレイヤーの感情を理解することができた。


「(悩むな。と言っても悩むのだろうな)」

「そりゃあそうさ」

「(お前は危険な敵を、人知れず始末した。こいつは長らく人間を、いや、それ以外を争わせていた戦争の元凶だ。闘争は生物の一つの側面だとしても、こいつのそれは行き過ぎだ。そんな相手を始末したことを誇ってもよいことだと思うが?)」

「僕たちを――スラスムンドの孤児たちを生み出した元凶を倒したことは、彼らへ一つ報いることができたと思う。だけどオブレスとか死んでいった仲間は帰らないし、何よりあれほどの強敵を圧倒できてしまう感覚が怖い」


 シェンペェスにはレイヤーの恐怖が手に取るようにわかった。ディオーレ作った土の網――その上から戦況をレイヤーは眺めていた。もちろん、大陸を代表する騎士たちと、シェイプシフターの戦いもだ。

 正直、シェンペェスは恐怖していた。今まで知っているどの剣士よりも強かろう4人の騎士と、互角以上に渡り合うシェイプシフター。全力で敵を倒す戦いでこそなかったが、おそらくはその気であれば4人とも倒すことができていた。

 見立てでは、元帥の原型となった剣士は見切りに特化した剣士だったはずだ。剣を重ねるごとに明らかに反応が良くなっていた。長期戦になるごとに不利。そして仕切り直した明日の戦いでは、確実にあの4人を仕留めにいっていただろう。レイヤーが「今日しかない」と呟き、強引にでもローマンズランドの野営に赴いたのはそういった理由からだ。剣に魂がこもってこそいなかったが、シェンペェスの記憶上技では間違いなく最強の剣士だった。

 その剣士を、レイヤーは圧倒した。いや、レーヴァンティンが積極的に倒すようにレイヤーに語り掛けたのも知っている。共にいてしばらく経つ魔剣だが、積極的にレイヤーに促したのは初めてのことだ。決してシェイプシフターの存在を許さない。そんな意志すら感じられた。


「(遺跡に関する相手だからか)」

「レーヴァンティンが反応したのだから、そうだろうね。どんな遺物を使おうとしていたかは謎だけど、使われていたら周囲一帯にかなりの被害が出るだろうって予測していた」

「(それほど危険な遺物だったのか)」

「いや――倒すのにレーヴァンティンの力を使う必要があるんだってさ。そうすると――え、何? 回収しろって?」


 レイヤーにはレーヴァンティンの声が聞こえるようだ。シェンペェスはレーヴァンティンに無視されているのか、あるいはそういったものなのか。レイヤーが中継してくれない限り、直接レーヴァンティンとシェンペェスが会話をすることはない。

 レイヤーは言われるがままに、天幕の奥へと向かった。そこには、小さな指輪のようなものがあった。意匠も凝らされていない装飾品としては喜ばれそうにもないが、傷一つない不思議な造形の指輪だった。


「――これが遺物? こんな小さなものが?」

「(指輪――だな。だが何でできているのか想像もつかん。それにこの捻じれたような造形を、作れるものなのか?)」

「知らないよ、職人じゃないんだから――え、壊さなくていいの? 遺物ならレーヴァンティンじゃないと壊せないと思うけど――そう、まだいいの。じゃあ一応持っておくね」


 レイヤーはその遺物を回収すると、無造作にポケットに入れた。その雑な扱いに、シェンペェスの方が動揺してしまう。


「(いいのか、それで)」

「いいも何も、他にどうしろと?」

「(それはそうだが。ちなみに、その遺物の名前は?)」

「よく似せて作ったものらしいけ――『アイギスシリーズ』って呼ぶらしいよ」


 レイヤーはそんなことを語り掛けながら、誰の姿もなくなった天幕を後にした。後には溶けたテーブルと何かが溶けたような液体が後に残されていたが、やがてそれも地面に染みて消えてしまった。

 しばらくして見張りすらいなくなった天幕を不審に思い声をかけたローマンズランドの兵士が発見したのは、溶けたテーブルだけだったという。

 そしてシェイプシフターが消滅したことを、勇者ゼムスは鋭く察知していた。



続く


次回投稿は、10/9(月)19:00です。

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