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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その278~夢の跡と笑う者㊳~

「さぁ、なんだろうね」

「ふざけているのか、貴様」

「いや、何者かと言われると定義が難しいなと思っただけさ。何にも出会わなければ、世が平和なら。ただちょっと身体能力に優れた人間として生を終えた可能性もあった。だけど僕は戦乱の中で育って、彼女に出会った。彼女はどうしようもない運命を変えるために、力を求めている。その願いが、遺跡の力まで引き寄せた。本来あり得べからざる、遺跡の力を。もっと彼女の下には力が集まる。それが過剰だったり、あるいは悪用されるようなら――」

「どうする? 彼女とは、誰だ?」


 ふっと青年は笑った。その態度に、肝――いや、核が冷える気がした。


「それこそ君には関係がない。もっと人間そのものに興味を持った方がいい。君が最強だなんて、そんなものは幻想だ」

「では、貴様が最強だと?」

「誰だって、戦う条件次第で強くも弱くもなる。ただ、今日の僕は君に対しては最強かもね――あと一つ、僕からも質問だ。紛争地帯の戦争を常に誘発していたのは、お前か?」


 今度の質問には今までにない凄みがあった。どこか機械的で無感情だった声が、初めて熱を帯びた。流れるはずのない汗が、シェイプシフターから流れる。可能な限り人間の身体機能を、感情を再現してきたシェイプシフターだ。汗や涙を模したものを流すことくらいわけはないが、それにしても勝手に汗が流れるとは、そこまで忠実に再現できたいたのかと驚くほどだった。

 嘘は許されない。そんな威圧感を放つ青年の前で、シェイプシフターは笑った。


「だとしたら、どうだ?」

「別に。ただ一つ謎が解けた。それはオーランゼブルの依頼か?」

「それ以前からだ。俺の行動に、オーランゼブルが目をつけた。それを利用したのはクラウゼルだ。それだけの話だった」

「そうか。よかった」


 心から安堵したように青年が微笑んだ。どこか緩む空気の中、シェイプシフターは安堵した自分を恥じた。直後、青年から殺気がほとばしったからだ。

 青年は座したままだった。対するシェイプシフターは既に剣に手をかけ、いつでも抜剣できるようにしていた。汗一つ滴るだけで戦いが始まる。その間際でシェイプシフターは踏みとどまっている。

 青年は獲物を見るような目で、シェイプシフターをめ付けた。


「本当によかった。人間が延々と戦い続けるような愚かな生き物じゃなくて。もうちょっとで人間のことを嫌いになりそうだったから。いや、ちょっと違うか・・・これは僕の感情じゃなくて、レーヴァンティンの考えかな。統神剣が人間を断じる側に回ったら、大変なことだ」

「何? なんだと? お前は――お前は!」


 その瞬間、シェイプシフターは望まず剣を抜き放っていた。自らの意志ではなく、人間を通じて取り込んだ遺跡の叡智が怯えて剣を抜かせたのだ。

 青年まではテーブルを挟んで2歩。1歩で飛び乗り、2歩で首を刎ねる。ただそれだけの単純な作業のはずだったのに。シェイプシフターの目論見は、一歩目で外れてしまった。


「――は?」

「本当に、ただ月が綺麗だから会話を楽しんだだけだと? お前は人間を取り込みながら、人間をまるで理解していないんだね」


 シェイプシフターがテーブルに乗せた足が、流体に戻っていた。これでは踏み込むことができない。それどころか、剣を握る手すら流体に戻りつつあった。

 熱か。元が流体の体は、高熱に弱い。だがそれこそ火事でも起こさない限り、体が流体に戻ることなどないはずだが。先ほどまで寒いくらいの気候だったのに、そんな馬鹿な――そう考えたシェイプシフターの胸を、青年の剣が貫いていた。


「――テーブルに立てかけた剣がレーヴァンティンだ。レーヴァンティンの能力がほとんど使えない時でも、触れた物を温めることはできる。それこそ相手に気づかれないように、ゆっくりと信じられないくらいに高温に」


 青年の言葉と共に、テーブルがどろりと液体のようになって溶けた。それこそ、飴細工のように。シェイプシフターの体も一緒になって溶けてしまい、もうどこからがテーブルでどこまでが自分の体かもわからない。

 レーヴァンティンは分裂する核を逃さない。これほどの熱で溶かされては、どれほど体の中で核を分裂させても無駄だと一瞬でわかってしまった。


「――お前、は。それを使いこなす剣士、なのか」

「使っているのか、使われているのかはわからないよ。ただ、振るう資格だけは少しだけあるみたいだ。今日は僕としてではなく、レーヴァンティンを振るう者として出向いた。不本意ではあるけどね。ちゃんと君と剣で戦ってみたかった。何なら、教えを乞いたかったくらいだ。こんな形で終わるのが残念だけど、お前はやりすぎた。人間は、お前の玩具じゃない」

「――ア」


 もはや思考も熱でまとまらない。核を貫かれたシェイプシフターが最後に見たのは、レーヴァンティンを自分に突き刺す青年の姿。そして脳裏によぎったのは、かつてレーヴァンティンを振るった剣士が起こした破滅の後継と、その剣士の末路だった。

 それこそあり得べからざるほどの破壊の光景にシェイプシフターですら怯え、そして剣士が破滅する姿に溜飲を下げた。どうあがいてもこの青年は破滅する。それがおかしくて、溶ける瞬間まで笑ってしまったのだ。



続く

次回投稿は、10/7(土)19:00です。

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