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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その277~夢の跡と笑う者㊲~

 シェイプシフターが剣を抜かないでいると、相手の青年はテーブルをはさんで反対側に穏やかに椅子に腰かけた。剣は剣帯から外してテーブルにたてかけ、敵意はないともとれるくらいの無防備な姿勢をシェイプシフターに晒していた。

 青年は薄くたたえた笑顔のまま、シェイプシフターがテーブルにつくように促した。油断なくシェイプシフターがテーブルにつくと、青年はテーブルの上に肘をつき、手の上に顎を乗せてシェイプシフターを値踏みするようにゆっくりと問いかけた。


「本来なら互いに言葉も交わさぬまま殺し合うところですが、2つの月が今夜は綺麗だ。少しだけ、無駄な時間を過ごしませんか」

「・・・有意義な時間ではなくて、無駄な時間か?」

「無駄でしょう、死にゆくあなたにとっては。私にとっても意味がないし、本来は興味すらないことだ。ただ、あなたを判定する――いや、審判する必要があるとこの剣が囁くものでね」


 青年はテーブルに立てかけた剣を数度、優しく叩いた。その剣が何であるかをシェイプシフターは知らないが、ただ良くないものということは本能が告げていた。いや、取り込んだ人間から得た、遺跡の叡智が警鐘を鳴らしているのか。

 シェイプシフターは青年を図りかねた。何を求めてこのような場を作ったのか。殺すのなら、不意打ちが一番のはずだ。現にこの天幕に青年が訪れるまでシェイプシフターはこの青年の存在に気づくことがなく、いかに陣形が不十分とはいえローマンズランドの陣内にこうも容易く潜入し、そして今しがたいなくなったゼムスとクラウゼルも通り抜けたということになる。不意を突く優位性を捨てる意味がわからない。

 だが向こうが単純に手番を間違えただけなら、まだ望みはある。


「何が知りたい?」

「遺跡で得た知識に関して」

「なるほど、それならば――」

「いや、語る必要はない。知りたいことは一つだけだそうだ」


 語ろうとするシェイプシフターを青年が制した。遺物を起動する時間を稼ぎたかったのに、無駄な時間を与えないつもりか。

 青年はシェイプシフターの焦りを見通しているかのように、薄く笑って質問した。


「女神に関する情報を得たか?」

「女神だと? 女神――」


 そのような情報があったような記憶が人間の中にあった。だが、あまり重要ではなかったのか、それとも情報を与えられていないのか。シェイプシフターもいまだそのような単語を意識したことはない。

 なおもシェイプシフターが情報の海の底を漁ろうとしたところ、青年が手でそれを制した。


「いや、その程度ならば結構だ。お前が女神の尖兵と化している可能性はないそうだ」

「女神の尖兵? なんのこと――」

「知る必要はない。その程度の遺跡でしかないということだから」


 青年の態度に、シェイプシフターは心がざわついた。今、侮られた。遺跡の攻略者を取り込んだシェイプシフターにとって、そして古き者どもが眠りについた現代において自分が最強だという自負があった。その自分を侮る生物など、もはやいないはずだ。侮られたのはいつ以来のことだったか。

 元は辺境の汚泥の周辺に住み着いていた、軟弱な生物に過ぎなかった。他の生物には見向かれもせず、仲間もおらず朽ちた死体を見つけては、腐肉を漁る。その程度にしか過ぎなかった生物が、年月を経て取り込んだ死体から能力を経て、やがて生きた生物を取り込むようになった。

 姿を模すことができるようになると、次第に強大な生物の姿を積極的に取り込んでいくようになった。やがて自分を恐れる生物が増えるとそれも飽きてしまい、人間という面白い生物を見つけてからはずっと人間の姿でいた。侮られたのは、まだ汚泥を啜っていた時代のことだ。

 体に巡る血はないのに、核が熱くなるのをシェイプシフターは感じた。自分を侮ることは許さない、ゆっくりと溶かしながら嬲り殺しにしてやる。そう決意して剣を手に取ろうとした瞬間、青年がシェイプシフターの核の位置を正確に指差した。

 人間でいうところの心臓のやや下、胃の後ろに隠すように位置する核を、青年の指は正確に示している。


「その核を正確に壊さないと死なないのだろう?」

「――だとして、どうだと?」

「傷ついた跡がある」


 ぎくり、とシェイプシフターの動きが止まった。かつて初代オーダインに傷つけられたことがなぜわかる、とシェイプシフター思わず口にしてしまっていた。元帥たるこの人間を取り込んだ後、ただ一度の不覚だった。


「オーダイン。カラツェル騎兵隊の隊長の名前だったっけ。今の人?」

「あんな雑魚ではない、創始者の方だ。真に見事な武芸者だった」

「そっか、会ってみたかったな。さっきの戦いを見ていたのだけど、あれだけの顔ぶれを相手に余裕すらあったお前が、傷を負うのか。人間はすごいね、短い人生の鍛錬でそこまで至るのだから。だけど確信した、やはりお前は今の僕には勝てない。いかに優れていようが、人間に後れを取るようでは」

「――なんだ、貴様は。名乗れ」


 シェイプシフターが睨み据えると、青年はふっと笑って答えた。その態度はどこか超越的で、それでいて空虚な笑顔でもあった。



続く

次回投稿は、10/5(木)20:00です。

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