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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その275~夢の跡と笑う者㉟~

 クラウゼルは、自らの手に自然に力が入ったことを意外に感じていた。思考と感情が別々に動くのは、いつのことだろうか。

 クラウゼルのその手の動きを、シェイプシフターが見咎めることはない。気づいていても無視しているのか、あるいは元が正体不明化け物だから気づけないのか。シェイプシフターはクラウゼルのことなど意にも介していないとでも言わんばかりに、言いたいことだけを述べた。


「降服だと? ここまでやっておいて、全滅するまで戦う以外の選択肢があると思っているのか」

「・・・ここまでやられて、どうやって士気を上がるのか。まして、総司令官をこんなことにしておいて!」

「方法ならいつだってあるさ。必要ならば、主要な指揮官を全て私が乗っ取るまでだ。それよりも、その首の使い方を本当に思いつかぬのか、貴様」


 シェイプシフターの言いたいことがわからぬわけではない。だがそれをすれば自分とゼムスはなんとかなったとしても、ローマンズランドはもう国際的に退けぬ所まで堕ちる。だがそれら全てがシェイプシフターには関係ないことだろう。どうせ姿をくらまし、さらには姿を変えてまたどこかで傭兵を続けるのだから。

 そういう時のために、シェイプシフターにはどうでもよいような町人や老人の姿まで模している。一度姿を変えてしまえば、どうやったって見つけようがなくなるのだ。

 クラウゼルは今更ながら、良き主を自分は求めていたのだと痛感した。自分という性格破綻者を知った上で取り込み、なおも活用してみせる。そんな主を探していたのだと。ドニフェストは賢者ではなかったかもしれないが、自分のことを知りつつも上手く付き合ってくれる主だった。その死を悼み、惜しむことすらあるとは予想外だったが、今は感情を切り替えるべきだとクラウゼルは数舜で思い至った。答えを間違えば、シェイプシフターは躊躇うことなく自分の首も落とすだろう。

 そして開いた目には、既に情などは残っていない。


「この首を基に、アレクサンドリア連合軍に我々は降服を申し込む。ただし、それは偽りだ」

「ほう、それで?」

「相手は当然大将格で応対せざるをえない。そこを竜騎士団の総力で奇襲する。敵の本陣を竜騎士団でかき回せば、相手は大混乱間違いなしだな」

「非道でよい策だ。だが、お前たちはどうする」

「我々は姿をくらます。この策でアレクサンドリアに大打撃を与えたとして、偽りの降服で敵を混乱させれば、もうローマンズランドの遠征軍には全滅するまで戦うしか道は残らないだろう。後のことは知らぬ。士気が下がっているがゆえに、降伏の使者となる者なら、いくらでもいるさ」

「ふむ。戦いの終わり方、散り際としてはそれなりに派手だな。で? お前の望みはそれで果たされるのか?」

「・・・まだ考えていることはある。上手くいくかはわからんが」

「イェーガーか」


 シェイプシフターの言葉にクラウゼルはぴくりと反応した。それ以上は何も語らなかったが、シェイプシフターはさも面白そうににやにやと笑っていた。


「恥も外聞もなければ、可能だな。引き換えにするのはオーランゼブルの情報か?」

「一部だとは思うが、私にも私にしか知らない情報がある。その情報から、アルフィリースなら何かを掴むのかもしれない」

「なるほど。ローマンズランドは捨て駒にするか」

「アルフィリースが、あの死地から生還すればの話だ。どうなるかまだわからん」

「よかろう、お前たちはこれから脱出しろ。私が後を引き受けてやる」


 シェイプシフターの言葉に、意外そうにクラウゼルもゼムスも顔を上げた。その表情を見て、シェイプシフターは面白そうに笑い声をあげた。


「なんだ、それほどおかしいことを言ったか?」

「いや・・・お前にそんな甲斐性があるとは思わなかった」

「甲斐性ではない、ただの愉悦さ。何、この作戦に反対するほど骨があるのはもう何人もおらぬだろう。ならば丸ごと私がこの軍を掌握して動かすのがいい。今までの全軍はさすがに無理だが、この人数なら動かせる。派手なのは私好みだし、今だからできる策なのだ。お前が乗り気になってくれてよかったぞ。大戦期以来の派手な戦なのだ、私の好きにさせる代わりにお前たちを生かしてやろうと言っている。悪くはあるまい?」

「まぁそうだな。負け戦で死ぬのは御免だ」


 今まで黙っていたゼムスが突然言い放ったので、おかしそうにシェイプシフターは笑っていた。


「正直者め。お前のそういう生き汚さは好きだ」

「嬉しくない好意だぞ、化け物め。それで、遺物は使うのか?」


 ゼムスの言葉に、シェイプシフターはくくっ、と嫌な笑い方をした。


「精霊騎士は大地の性質だろうから、殺せば肥沃な大地が出来上がるだろうなぁ。それにあの神殿騎士とシスターはちと厄介だ。ここで殺しておいた方がよさそうでな。先の戦いでは温存したが、明日の混乱の坩堝で使う分には問題あるまい」

「本音はそちらか。それほどまでに厄介な相手なのか?」

「遺跡に関する知識がなければお前に奴らのことはわからんし、関係はない。知らない方がよいこともあろう」


 シェイプシフターの言い方からこれ以上聞くことはできないと悟ったゼムスは、さっさと天幕をあとにした。クラウゼルは何かを言いたげにしていたが、ドニフェストの首を丁寧に包むとそれを抱えてゼムスに続いた。

 その間、シェイプシフターはドニフェストの体を取り込みドニフェストになり替わる準備をしていた。その顔と体を使い、明日全軍に命令を下すのだろう。吐き気がするような出来事だが、確かにアレクサンドリアに打撃を与えるに違いない。

 最低な戦争だと、クラウゼルは考えていた。勝って得る物は何もなく、美学も主義主張もない、ただ死体が転がるだけの大規模な殺し合い。オーランゼブルはたしかにこの結末を望んでいたしその契約は果たしたことになるが、こんなもののために何年も準備をしてきたのではないと、クラウゼルは唇を噛んだ。

 その隣で、ゼムスがクラウゼルの様子を眺めていた。ゼムスにとってはどうでもいいことだが、クラウゼルが人間らしい様子を出すのが珍しいので、ついしげしげと眺めてしまった。

 そのせいではないが、思わぬ近くに接近を許した相手がいた。ゼムスは反射的に剣を抜こうとして、やめた。いや、抜けなかった。抜けば終わる。自分が真っ二つにされる錯覚に、ゼムスは久しぶりに冷や汗をかいて動きを固めてしまった。

 突然立ち止まったゼムスに気づいて、クラウゼルも顔を上げた。その眼前には、思わぬ人物が立っていた。



続く

次回投稿は、10/1(日)20:00です。

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