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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その274~夢の跡と笑う者㉞~

 まずい、と感じたクラウゼルを背中で威圧して黙らせるシェイプシフター。気づいていないのは、ドニフェストだけだった。


「出陣した軍は、もう総勢3分の1以下になった。普通なら全滅を超えて崩壊したも同然だ。長らく付き添ってくれた部下や軍人も多くを失った。これはもう軍とは呼べない」

「総司令官――いえ、あえて殿下とお呼びします。まだ竜騎士団の3分の2は健在です。彼らがいれば10万の軍にも匹敵するのです。ディオーレの策も何度も使えるものではないでしょう。平地にて決戦をすれば、相手が10万以上いようが、勝つのは我々です。奴らに勝つだけの策もあります」

「竜のブレスが効かずとも勝てるのか?」

「勝てます」

「だとして――民も部下もいない空の玉座に座ることになるのか、私は」


 そう言って下を向いたドニフェストを見て、クラウゼルは理解した。既に彼は心が折れている――いや、まっとうな感性を持つ指揮官だからこそ、明日勝利したとしても取り返しがつかないことをわかっているのだ。

 勝つことはできる、新しい領土を手に入れることもできる。だがここまで数が減っては統治することは困難だ。ローマンズランドから脱出した難民を呼び寄せ、周辺のあぶれた若者や傭兵を使って軍備を増強するとして、最低2年。それまで周辺の国が大人しくしているとはとても思えない。

 そもそもの計画が、合従軍を敗北させ、その間にアレクサンドリアを滅亡させてようやく、というところだったのだ。アレクサンドリアにいる人形どもがこちらになびかなかった場合、それとも戦う算段をしていたがそんな懸念は不要になった。ここにアレクサンドリアがいる以上、サイレンスの最後の仕掛けは崩壊したのだろうとクラウゼルは読んでいる。

 それでも命の刻限がある自分が止まることはないだろうが、ドニフェストは違う。軍を預かる者として、また王となる資質があるからこそ、この戦争の始末のつけかたを考えている。もう少しドニフェスト良識がなければ、あと一戦できるかと考えていたが。ドニフェストが聡明で良識あるからこそ、これ以上の無理は押し通しがたいこともわかってしまうのだろう。

 クラウゼルは小さくため息を吐いた。この戦はここで終わりか。そう諦めたとしても、まだやるべきことと、やらなくてはいけないことがある。


「ドニフェスト様、降伏するにしても降服の仕方があります。このままでは全面降伏、屈辱的な条件を突きつけられても仕様がありません。ですが一泡吹かせた上での講和なら、少しは良い条件も出せましょう」

「それは私以外の部下たちの条件、という意味だな?」

「はい、残念ながらどうあがいてもドニフェスト様は極刑でしょう」


 ドニフェストの肩がぴくりと動いたが、それ以上の反応はない。覚悟の上なのだろう。


「貴様は?」

「私は傭兵ですから、ギルドの保護があります。アルネリアが相手なら処刑にはなりますまい」

「なるほど。では一つ頼みたいことがある」

「物によりますが」

「こういう時は二つ返事で受けるものだぞ、策士よ」


 ドニフェストの口元が小さく歪むのが見えたので、ああ、この人のことは嫌いになれないなとクラウゼルは自分の心境に驚いていた。


「この戦いに生きた将兵たちの生き様を記録してもらいたい。やり方などが全て正しいとは言わぬが、誰もがローマンズランドの明日を憂えて行動したのだ。それだけは記録に残してもらいたいのだ」

「その程度であれば、しかと。ドニフェスト様のことは――」

「愚か者とでも記してくれればよい。私が悪で愚者であるほどに、ローマンズランドの者たちの扱いはましになるだろう」

「かしこまりました、と言いたいところですがそれではあまりにもドニフェスト様が哀れ。せめてもう少し――」

「いや、私のことは気遣ってくれるな。それよりも明日のことだが――」


 ドニフェストは肚が決まったのか、上げた顔に疲労感があってもどこか清々しかった。その表情を見てもう一戦戦えるとクラウゼルが確信した瞬間、ドニフェストの動きがぴたりと止まって動いた口からは言葉が発せられることがなかった。


「それよりも、良い方法がある」


 代わりに言葉を発したのはシェイプシフター。キン、という剣を鞘に納める音とともに、ドニフェストの首がずるりと落ちた。血飛沫がクラウゼルの頬を濡らす。落ちた首が不思議そうに自分の胴体を眺める表情のまま、ドニフェストは一言も発することなく絶命した。

 シェイプシフターは邪魔くさそうにドニフェストの胴体を蹴り倒すと、首を無造作に持ってクラウゼルの方に放り投げた。クラウゼルがそれを受け取ると、ドニフェストの表情は茫然としたままで固まっていた。どうしてこうなったのか――最後まできっと理解できなかったことだろう。ただ苦痛があまりないことだけが、せめてもの救いだったろうか。 

 クラウゼルは、自らの手に自然に力が入ったことを意外に感じていた。思考と感情が別々に動くのは、いつのことだろうか。



続く

次回投稿は、9/29(金)21:00です。

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