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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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月下の舞い、その5~トモダチ~


「いえ、答えは出せませんが提案があります」

「提案?」

「リサが貴女の友達になってあげましょう」


 リサがどんと自分の胸を叩いたので、全員が思わずリサを見る。少女は不審そうな顔をするが、初めて彼女が見せる感情らしい感情だったかもしれない。


「どういうことだ?」

「人生における問題の答えというのは、自分で見つけなくてはいけないものです。人間とは皆そうするものなのです」

「そうなのか?」


 少女はよくわからないといった顔をする。リサは不思議な反応に戸惑ったが、本当に分からないのかもしれないと思う。


「ならばお前達がいてもいなくても変わらない。やはり殺す」

「ところがどっこい、大違いです」

「? ますますわからない」


 少女は段々と困惑の様子を見せ始めた。リサの言葉に戸惑っているのが、他の仲間にもわかる。


「いいですか、人間は一人では生きていけません。隣に友達が必要なのです。友達と話して泣いたり笑ったりする中で、色々な事柄を学んでいくのです」

「そうなのか?」

「そうなのです!」


 リサは自信満々に言いきる。そのぐらいの方が効果的だとリサは思ったのだろうが、実際に少女は考えこみ始めていた。


「では、お前が私の友達になると?」

「そうです。不足ですか?」

「いや・・・いいだろう。お前の傍にいれば、いずれ私は自分の事がわかるようになるのか?」

「それはもう。リサが貴女の人生を面白格好よく彩ってあげましょう」


 リサはわざと断定的に言いきった。だがこれが功を奏したようだ。少女は獲物をしまう。


「なるほど。だがそうでなかった時は・・・」

「リサを好きにするといいでしょう。煮るなり焼くなり殺すなり、どうぞご自由に」

「ちょっとリサ?」


 アルフィリースが止めようとするのを、リサは制した。そして少し少女は悩む。


「いいだろう、契約は成立。リサ・・・といったか? リサは私の友達で、私の疑問を解決する手伝いをする。これで良い?」

「良いでしょう」

「だがそれでは割に合わないな」


 少女が突然言った言葉に、全員が身を固くする。リサだけは平然としていたが。


「何が割に合わないのです?」

「私が受け取り過ぎ。契約とは対等でなければならない」

「なるほど。ではどうしたらいいですか?」

「私に何か命令しろ、それで対等になる。できれば長くできる事がいい」


 少女の言葉に今度はリサが考え込む。


「うーん、と言われましても。むしろ貴女は何ができるのです?」

「掃除、洗濯、炊事、身の回りの世話は一通りなんでもできる。暗殺に必要な事は一取り仕込まれたから。暗殺者とはそういうもの」

「楓の場合、炊事はさっぱりですけどね」

「リサ殿! ほっていてください!」


 リサの発言に怒った楓を、アルフィリースが「まあまあ」と宥める。


「後はもちろん男の相手も自由にできる。もっとも女でもいい。必要とあれば路銀のために身を売ってもいい」

「それは駄目です。自分を大切にしてください」

「なぜだ? そこの肌の青黒い女だってしているだろう?」

「急になんだい?」


 ロゼッタが指摘されて少し慌てる。少女は冷静に指摘する。


「男の匂いがぷんぷんする。ごく最近、男に抱かれただろう?」

「げ」

「後はあまり匂いはしないが、そこのシスターもそこそこ経験はありそうだな」

「ちょ、ちょっと。何を言い出すのよ?」

「ミランダ・・・」


 アルフィリースが不審げに見るのを、ミランダは慌てて否定する。


「そんな目で見ないでよ、アルフィ。アタシは昔の恋人以来やってない!」

「本当に?」

「え、あ、うーん・・・多分」

「何よそれぇ!」

「だって、色々あるじゃん! 人間って!!」


 ミランダがアルフィリースと取っ組みあいを始めるのを、ロゼッタが止めに入る。そして少女はさらに無遠慮に指摘を続けるのだった。


「後は処女。そっちの商売は無理そう」

「初対面から全員まとめて駄目出しですか」

「まるっきり駄目というわけでもないが、特にあの黒い髪の女は駄目」


 その言葉にアルフィリースの動きがピタリと止まる。リサが面白くなりそうな予感に、既に笑いをこらえている。


「ち、ちなみにその理由を聞いても?」

「男の匂いが全くしない。もっとはっきり言えば、男が寄り付きにくい。訓練するにしても、あれは苦労する」

「ほっといてよぉ!! うわーん!」

「「アーハハハハハ!」」


 ユーティとリサが地面を叩いて爆笑していた。ミランダとロゼッタは地団駄を踏むアルフィリースを抑えつつも、少し哀れになってきていた。そしてラーナとエメラルドがアルフィリースを慰めている。「いざという時は私がいますから・・・」とラーナが言っているようだが、アルフィリースの耳には届いていまい。

 ひとしきり笑った後で、少女が不思議そうに全員を見る。


「何がそんなに面白い?」

「い、いずれ貴女にも分かる時がくるでしょう。おいおい教えてあげますよ」

「そうか、それは楽しみ」


 少女の発言に、リサがふと疑問に思う。


「そういえば、貴女の名前は? 貴女、では呼びにくいのですが」

「私の名前? 私に名前はない」


 少女があっさりと言ったことに、リサは驚愕する。


「いえ、でもそれでは呼ばれる時に不便では・・・」

「私の組織では互いに名前を呼ぶ習慣はない。任務が無い時は個室に閉じ込められ、指示は文書のみ。そして仕事の時だけ外に出る事を許される。生活に変化と言えば、後は適当に男が入ってきて、気分次第で私を犯して行くくらいか。私に抵抗は許されない」

「そんな。貴女ほどの腕があれば、そんなことは断れるのでは?」

「『訓練』だからな。そう言われては、やらないわけにはいかない。訓練で倒れた人間や逃げ出した者は、弱者と判断されその場で処分される」

「う、うう」


 リサは想像もしない世界に絶句した。この少女はリサの想像を絶する世界で生きてきたのだ。いや、生きているなどとはとてもいえないのかもしれない。


「(以前リサは自分の事を世界で一番不幸などと考えたこともありますが、それは幸せありきのこと。この子には、幸せと感じるような瞬間すら今まで無かったのですね。何より一番悲しいのは、この子が自分の事を不幸とすら思えない事。この子には、まっとうな世界を見せてあげたい)」


 リサはその時決意した。この子の傍にいて、ちゃんとこの子が人間らしくできるようになるまでしっかり護ってあげようと。その時、この子にしてほしいことを思いついたのだった。


「では、貴女にお願いをしてもいいですか?」

「なんだ?」

「リサとその友人が危ない時、護って欲しいのです」

「そんなことか。お安い御用」


 少女は即答したが、おそらくは『護る』という言葉の本当の意味合いを理解するのは、まだ先なのだろうとリサは思う。

 そしてリサはもう一つ思いつくのだった。


「そうだ。貴女に名前を付けましょう」

「名前か。いいだろう」


 少女はじっとリサを見つめている。その目は何の感情も映していないようで、何かを期待する子どもの様でもある。リサとしても、これは変な名前を付けられないなと思った。

 その時、空に輝く満月が目に入る。リサは、昔聞いた満月の夜にだけ現れるという、女神の名前を思い出した。


「ルナティカ・・・ルナティカでどうでしょう?」

「ルナティカ」


 少女はその言葉を心の中で反芻していた。そして口から出た言葉は。


「いいだろう、気に入った」

「では貴女は今日からルナティカです。よろしく、ルナ」


 なぜルナティカが自分で「気に入った」と言ったのかは、彼女にもまだわかっていない。それは、ルナティカが初めて他人から何の損得もなくもらった贈り物だったからなのだが、このことに彼女が気づくようになるのは、随分と先の事である。

 こうしてアルフィリースの仲間に、頼もしい人物がまた一人加わったのだった。


***


 その頃、再びアルネリア――


 ジェイクの生活は好調だった。騎士としての初任務(と、いっても何もしてはいないのだが)も無事終了し、彼は一躍注目を浴びるようになっていた。まずはこの歳で、たとえ見習いとしてでも任務を受けるのは異例中の異例であり、彼は神殿騎士団内でも注目されるようになっていた。今までは多くの者が使いっぱしりの子ども、くらいの認識だったのである。

 それに学校においても、剣技は4年以上の授業に参加することを許されていた。そして彼はついに4年の実技の主席から一本を奪うことに成功したのである。この年頃の子どもは一年で随分と体格が違う。その事実を考慮すれば、驚異的な出来事であった。しかも相手はさる武家の名家の出身。物心つくころから剣の訓練を受けた生徒であったのだ。それを、剣を握って半年にもならないジェイクが倒したのである。噂は学校を駆け廻ったが、ジェイクは一向に自慢しないので彼の人気は女子のみならず、男子の間でも少しずつ高まりつつあった。ジェイクの目標とすべきところを考えれば、たかが4年生を倒しても何の自慢にもならない事かもしれなかったが。

 そしてジェイクはいまや5年以上と剣技の練習を行うのだが、並の腕前の5年生では彼の剣を受け切らないことが往々にしてあったのだ。彼の剣筋を余裕を持って受け切るのは、既に10名にも満たないほどとなっていた。


「ふうー」

「どうだ、マリオン。ジェイクの上達ぶりは?」

「ミルトレか」


 今は剣技の時間である。今、ジェイクの相手はクルーダスが行っている。かなり激しい打ち合いとなっており、全員が自分達の訓練を放っておいて、見入っているような状況だった。先程まではマリオンが相手をしていたのだが、一向に切れないジェイクの体力に、付き合うのも少々疲れてきていたので、クルーダスに代わってもらったのだ。

 そしてミルトレとマリオンも2人の打ち合いを見ながら語り合う。


「どうもこうも、異常だよ」

「というと?」

「ジェイクは一度見せた剣技を確実に自分のものにしていく。終わった後に限らず、寝ても覚めても剣を振ることを考えているんだろうね。最初は彼の剣に大した才能はないと思ったんだが・・・」

「だが?」

「才能すら身につけていこうとしている。これは驚異的な出来事だと思わないか?」

「なるほど」


 ミルトレが納得したようだった。マリオンが見れば、ミルトレは氷で手の甲を冷やしていた。


「ミルトレ、それは?」

「ジェイクにやられた」

「君が!?」


 マリオンは驚きを隠せない。ミルトレの剣力は学園でも5指に入る程なのだ。だからこそ彼は奴隷出身でありながらも尊敬も集めるし、頼りにもされる。もちろんまっすぐ過ぎるほどの彼の人柄も手伝っていることは述べておかねばなるまい。


「俺は任務で10日ほど開けていたからな。そして帰ってジェイクと相対して見ればこれだ。男子3日会わざれば何とやらというが、まさにその通りだ。以前のつもりで相対したらこうなったよ」

「・・・これは僕もうかうかしていられないな」

「お、さすがにクルーダスは勝つな」


 見ればジェイクにクルーダスが一本を入れる所だった。そしてノびてしまうジェイク。ジェイクの介抱を支持すると、クルーダスがマリオンとミルトレの所に引き揚げてくる。


「クルーダス、容赦ないねぇ」

「気絶するほど打ち込まなくてもいいだろう」

「・・・手加減する余裕がなかった」


 クルーダスのその言葉に、マリオンとミルトレが顔を見合わせる。


「おいおい、まさか・・・」

「そのまさかだ、最近のジェイクは強い。剣に気迫がこもり始めている。加減をすれば、こちらが危うい」

「本当かい。キミは現グローリアで最も強い生徒なのにね」


 そして3人はそれぞれの思惑で、気絶して介抱されているジェイクを見つめるのだった。



続く


もう始まってしまいましたが、次回より新シリーズです。次回投稿は7/16(土)12:00です。

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