開戦、その273~夢の跡と笑う者㉝~
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「どのくらい残っている?」
「3万は最低いる。だが、4万はいないだろう」
「ほう、思ったより残っているな」
天幕に戻ってきたシェイプシフターを迎えたのはクラウゼル、ゼムス、そして憔悴しきったドニフェストだった。
ローマンズランド本軍は総崩れした後、アレクサンドリアとその援軍にきた連合軍、イェーガー、そして途中から参戦したアルネリアの周辺騎士団と神殿騎士団に散々に追い回され、散り散りになっていた。今これだけの数が残っているのは、クラウゼルの手腕と追手があっさりと退いていったからに過ぎない。もし一昼夜でも追撃されていれば、もっと減っていてもおかしくなかった。それがわかっているから、ドニフェストは憔悴しているのだ。
ドニフェストの目の周りは落ち込み、明らかに精神的に落ち込んでいた。無理もない、出陣した時の兵力は3分の1にまで落ち込んだ。目の輝きは失われ、まるで死人のように項垂れていた。この姿を将兵に見せるわけにもいかず、ドニフェストが天幕で休息を取らせているのだ。それでもドニフェストが奮闘しなければ、もっと被害は大きかったはずだ。本当ならもっと部下を鼓舞してほしいが、今は休養が必要だとクラウゼルは判断した。
そんなドニフェストの様子を、シェイプシフターは一瞥すると興味なさそうに無視してくつろいでいた。シェイプシフターにとって戦場があることが大切で、その指揮官が誰であるなどとは関係がない。クラウゼルがいれば継戦は可能だと判断しているので、クラウゼルの安否にしか興味がない。ゆえに、シェイプシフターは分体に彼を守らせ撤退させ、そのおかげでクラウゼルには傷一つなかった。
クラウゼルは自らの身命の安全を守ることに異論はないが、これからのことを考えるとドニフェストのことも慮りたかった。どうやって声をかけるべきか悩んでいる時に、落ち着きのない伝令が天幕に入ってきたのだった。
「ほ、報告があります」
「聞こう」
ほぼ間違いなく悪い内容だろうと予想したクラウゼルは、憔悴したドニフェストに代わって返事をした。クラウゼルも疲労の色が濃く髪は乱れているが、まだ目に生気が残っている。
伝令はちらりとドニフェストの方を見てから、報告を告げた。
「別行動をとっていた部隊の報告ですが――」
「壊滅したか」
「は、はい。ご存じでしたので?」
「いや、そんな気はしていた。ここまで周到な手を使ってくる相手が、別動隊を放置しておくはずがない。足止で済んでいれば上々、壊滅させられていてもおかしくないとは思っていた。ただ、どの勢力を使ったのかは気になるところだ。そこまで掴んでいるか?」
「おおよそではありますが」
伝令は別動隊2つのうち、一つは竜の群れによって全滅させられたと報告した。竜を彼らが使役していたことはあまり知られていないが、リディルが敵の側に寝返った可能性がある以上、そのような事態も想定していたことである。どのみち、竜の群れを倒せるような戦力はローマンズランドにはない。本隊とぶつかっていても相当な被害がでることを覚悟していたし、その可能性すらあると考えていたのだが予想は外れた。
そしてもう一つは、おそらくはアルネリアの神殿騎士団だったとのことだった。その報告の曖昧さを、クラウゼルは咎める。
「おそらく、とはどういうことだ」
「は、はい。アルネリアの騎士団といえば周辺騎士団は白の鎧が多く、一部神殿騎士団の上級騎士は黄金の鎧を纏うとのことですが――そのぅ」
「はっきり伝えよ。別にお前個人を罰しはしない」
「は――飛竜のブレスをものともせず押し寄せてまいりました。数こそ500人程度ですが、そのたった500名程度に、1万の別動隊が壊滅させられましてございます。そしてその――これも未確認ですが、アルネリアの者たちが攻撃魔術を積極的に使用していたと」
「攻撃魔術? アルネリアが?」
これにはクラウゼルも怪訝な顔をしたが、シェイプシフターがあっさりと肯定した。
「我々はどうやら、アルネリアの敵と認定されたようだぞクラウゼル。さきほど私も遭遇した。もはや一切の遠慮はしないようだ」
「面白そうに言う内容か――どのくらいの使い手だ?」
「敵には少なくとも、ゼムスと渡り合えるだけの戦士が4人。加えて、魔術士は一人で竜騎士一個小隊に相当するだろう。まぁあれほどの使い手が何人もいるとは考え難いがな」
「だから撤退してきたのか?」
「無論、勝ち筋を見つけるためだ」
「ならいい」
「――お前たちは、まだ戦うつもりなのか?」
嗄れた声で異論を述べたのはドニフェスト。その瞬間、シェイプシフターの瞳が暗く変化したのをクラウゼルは見逃さなかった。
続く
次回投稿は、9/27(水)21:00です。元の投稿ペースに戻します。