開戦、その272~夢の跡と笑う者㉜~
流体のような体を隠そうともしなくなったシェイプシフタ―が、人のような姿を取りながら、頭だけを元帥の形で具現化しネリィをせせら笑った。
「残念だが、無駄な努力だ。それでは俺は殺せんよ」
「そうでしょうか? 核がいくらかは傷ついているはずです。あなたにとって、その姿を取ること自体が本当なら屈辱的なのでは? それとも、虚勢を張っていらっしゃる?」
「・・・まぁ、あまり晒したくない姿であることは認めよう。だがあまり調子に乗らぬことだ。私はこれしきでやられはしない」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
ネリィが戦場の方角を指さした。先ほどまで押し戻されつつあった戦塵は、再び遠ざかろうとしていた。
「人間ではないものが介入している戦争であれば、アルネリア教会は一切の容赦をしません。あなたに操られているという指揮官も、誅滅の対象になりますとも」
「ふん、私が誰を操っているのかわかるのか?」
「疑わしきは罰せよ――我々がそう考えないとでも?」
そう宣言したネリィの瞳が、すっと深く沈んだ。その時、初めてシェイプシフタ―は懐かしいと思ったのだ。ああ、たしかに大戦期やそれ以前には、こういった覚悟を決めた狂気じみた瞳をした戦士が多くいた、と。
狂気と信条、それに殉ずることができる者。このシスターは年若くとも、容易くやってのけるだろう。
「なるほど、ここはそなたの覚悟に免じて退くとしよう。だが二度はない」
「ええ、私も言いましたとも。あなたがローマンズランドにいる限り、我らアルネリアも容赦しないと。果たしてあなたの存在は、ローマンズランドのとって利となるのでしょうか? あなたがたの御大将に伺ってみましょうか?」
「・・・ふん、生意気な小娘だ」
捨て台詞ともいえるような言葉を残して、シェイプシフタ―の気配が消えた。ネリィが連れてきていたアルネリアのセンサーに確認し、彼女が首を横に振るとほぅ、とネリィは大きく息を吐きだした。
「どうやら去ったようです」
「そのようだ。敵も退いていく」
ディオーレが遠のく戦塵を見つめながら同意すると、オーダインと馬を引いたレーベンスタインが、その場からいち早く離脱した?
「騎士様がた、どちらへ?」
「話したいことはいろいろとあるが、戦線をまとめて撤退させる。ディオーレ殿が作ってくれた空の網も、いつまでも持ちこたえるものではない。ここは痛み分けにするのが正解だ」
「イェーガーにも伝えてくる。今日の戦果を確認し、明日の備えをしなければな」
それだけ告げて即座にいなくなる2人の騎士。今まで強敵と戦っていた疲れなど、微塵も見せない。その背中を頼もしそうに見送るネリィに、アルベルトが静かに声をかけた。
「まさか増援が君だとは。それほどアルネリア本陣は切羽詰まっているのか?」
「いえ、そういうわけではありません。ただミランダ大司教――アノルン大司教が私を指名しただけです。私が一番適性があって、魔術を即座に操るのに向いているだろうと」
「その適正とやらは、どうやって見分けるのだ?」
「それはわかりませんが――実はあと一つくらいしか手札は用意してしませんでした。あれで退いてくれたのは僥倖です。一番嫌なのは、後先考えない消耗戦でした。もしそうされていたら、どうなっていたか」
「そうだな。だが本番は――」
「ええ、わかっています。明日が本番ですね」
そういって戦況を見つめるネリィを見て、ディオーレは2人に声をかけられずにいた。ディオーレは常々アルネリアは油断ならないと思っていた。そもそも先の内戦でも、アレクサンドリア内にアルネリア支部があるにも関わらず、ミランダ直々の救援要請を断ったのもそのせいだ。
だが改めて思う。あれほどの攻撃魔術を彼らが倫理観も顧みずに使用すれば、いったいどうなるのか。アルネリア内に、あれほどの使い手をどれほど隠しているのか。
ディオーレは軍が退いたら、空の網を崩さなければならない。先ほどまでそのために魔力を割いていたとはいえ、ネリィがいなければシェイプシフタ―を押し返せたかどうかは怪しいものだった。そして同時に、ネリィそのものを退けられるかどうかも怪しいと思ったのだ。
続く
次回投稿は、9/25(月)21:00です。