開戦、その271~夢の跡と笑う者㉛~
無数の光の刃とでも呼ぶべき魔術が、突如として正確にシェイプシフターを貫いたのだ。
「がっ!?」
アルベルトも驚いたが、それ以上にシェイプシフターは驚いたのか。アルベルトの剣から強引に体を引き抜き、後方に大きく飛んで自らの体を確認するようにさすっていた。
あれだけの攻撃をうけながら致命傷になっていないことも驚きだが、それでもシェイプシフターは大きな衝撃を受けたらしい。動揺した声で、周囲に向けて威嚇するように大声で叫んでいた。
「誰だ! 姿を見せろ!」
「見せろと言われて姿を見せるのもどうかと思いますが、言われずとも出ていくつもりでした」
「君は――」
姿を現した少女に、アルベルトは見覚えがあった。まだグローリアの学生だったはずだが、最近急激に頭角を現したせいか深緑宮にいることの方が多くなっているせいだ。グローリアの単位は、ほとんど自主的に代替の試験を受けるか、あるいは実績で免除されたと聞いた。ほとんど飛び級で卒業することになり、来期は神殿騎士団付きのシスターとなることが決まったそうだ。
ジェイクが指揮する部隊にも所属していたはず。戦闘が激化したゆえに、さすがに学生はほとんど撤退するように指導されたが、彼女は最後までジェイクを補佐すると志願するところを、ミランダが直々に自分の側近へと指名することで強制的に引き離したはずだ。
彼女の名前は、そう――
「たしか、ネリィだったか」
「名前を覚えていただけて光栄ですわ、アルベルト団長。この度、増援として寄越されました神殿騎士団シスター見習いのネリィです」
「君一人か?」
「ええ、とりあえずは」
「見習い、だと?」
その肩書にシェイプシフターの表情が歪む。見習いごときに後退させられたことが屈辱なのか、あるいは肩書に見合わぬ力が不可解なのか。
立ち上がるシェイプシフターが、ネリィを剣で差しながら吠えた。
「ふざけるな、見習いがそんな魔術を使うものか! そのアルネリアの魔術は――」
「おや、それはおかしいですね。私が今回特別に使用を許可されたのは、大戦期にアルネリアが使用していた攻撃魔術。アルネリア創成期には誰しも使っていたと聞きましたが?」
「それは――」
そのとおりだ、とシェイプシフターは言おうとして辞めた。たしかにこのネリィとかいう娘の言うとおりなのだが、これほどの魔術の使い手はかつてのアルネリアですら、何人もいなかった。
この覚えたての魔術をこれほどの精度――つまり、「見ても避けることができない」ほどの精度で使いこなすことを、悟られるわけにはいかなかった。
元帥にと選んだこの体の能力は、見切りに秀でた個体なのだ。遺跡の猛攻から生き延び、攻略した個体なのだ。つまり、この娘の攻撃魔術は遺跡の迎撃機構よりも上だということになる。そんな事態は信じられない。
「そんな馬鹿な話があるか!」
「何をぶつぶつと独り言を」
シェイプシフターが剣を再び構えた時、いつの間にかネリィが掌の上に光を収束させていた。予兆がないほど早い魔力の集約。ひょっとしたら、最高教主ミリアザールよりも早いのではないかとシェイプシフターが考えた瞬間、またしても体が無数の光の刃に貫かれていた。
「ぬぅ!?」
「これでも倒れないのですか」
ネリィは表情を変えず、次の魔術を準備する。だが今度はシェイプシフターの態勢が崩れ切っていない。体を貫かれてなお衝撃を受流し、すぐに地面を蹴って向かってきた。
ネリィに迫る凶刃を、アルベルトがすんでのところで止める。そのアルベルトの体をすり抜けるようにさらに迫ろうとして、今度はレーベンスタインがその動きを遮った。
「邪魔だ!」
「行けるか、シスター」
「当然!」
光の刃が三度シェイプシフターの体を貫いた。ただし今度の刃はすぐに消えることがなく、しかも頭上から貫いたためその場にシェイプシフターは固定されることになった。
「くそっ、魔術の質を変えてきたか!」
「騎士様!」
「応!」
ネリィがオーダインの武器に光を付加し、その槍がシェイプシフターの頭を見事に貫いた。シェイプシフターの鼻から上が消えたが、残された口だけが不敵に歪み、シェイプシフターは形を軟体生物のように崩してするりと光の刃から逃げ出した。
続く
次回投稿は、9/24(日)21:00です。