開戦、その269~夢の跡と笑う者㉙~
「すまぬ、仕留め損ねた」
「こちらこそ、崩しきれなかった」
アルベルトとレーベンスタイン。この2人はいかなる危機にも動じることがないのか、それとも本当に表情に出ないだけなのか。この強敵の出現にもまるで表情が変わらないことに、無愛想で通してきたディオーレですら少し呆れる。
レーベンスタインは、シェイプシフターの足運び、手元を油断なく観察しながら提案をした。
「では崩しと、とどめ。逆ではどうか?」
「その方がよさそうだが、巻き込まぬ自信がない」
「そのあたりは年長者の腕を信じたまえ、若き騎士よ」
「ではお言葉に甘えさせていただこう」
アルベルトが躊躇なく振り絞るように身を低くするのに対し、今度はレーベンスタインが自然体で前に出る。何が起きるかと楽しみに構えたシェイプシフターの前に、なんの前触れもなくレーベンスタインの剣が突如として出現した。
「ぬっ!?」
剣に見えたのは気。剣気を研ぎ澄まし、まるで本当の剣のように扱ってシェイプシフターに錯覚させる。鋭いわけではなく、まして本当に斬られたわけでもない。丁度よい、ただの斬撃と錯覚させるための適切に調整された剣気。ゆえに、本物と区別がつかない。
シェイプシフターが剣気に反応する一瞬の隙を突いて、レーベンスタインが間合いを潰す。
「やるな!」
「まだ驚くのは早い」
レーベンスタインの剣には殺気がまるで乗っていない。これほどの一大決戦における転機となる戦いと自覚しながら、気負いが一切見られない。一合、三合、五合と、シェイプシフターは剣を合わせながら妙な錯覚に陥った。まるで自らの剣がレーベンスタインに吸い込まれていくようなのだ。
「(これは――)」
遥か格上と稽古をするような錯覚を覚える。まるで打ち合わせをしたかのように、振るう剣が型にはめられるのだ。自ら剣を振るいながら、振るいたい方向に振るえない。剣を振るおうとするたびに、レーベンスタインの剣で切っ先を誘導されるのだ。
心地よさすら覚える剣戟の合間に、シェイプシフターの全身がぞく、と震えた。この戦い方は、今まで戦場で剣を振るい続けたシェイプシフターの経験値の中に入っていない。戦場が減り、黎明期を経て泰平期と呼ばれる安穏とした時代に発展した剣は演舞と呼ばれ馬鹿にされていたが、その極地とも呼べる技術を今まさに体感している。
巻き込まれた。そう感じて逃げ出そうとした瞬間、レーベンスタインの剣が巨岩のように重くなった。
「がっ!? 動かな――」
「今――」
「フゥウウウウ!」
爆発的に地面を蹴ったアルベルトが、レーベンスタインの背中から飛び出すように大上段から大剣を振り下ろした。
一刀両断。波の魔王なら一撃で粉砕する豪剣を前に竦むところを、シェイプシフターは剣を握る手を片方だけぱっと離した。腰に差した2本目の剣を素早く抜き、アルベルトの振り下ろしに絡ませる。一直線なはずのアルベルトの剣が、くん、と軌道変化をして地面に深々と突き刺さった。
「間一髪」
「間に合ったようだ」
オーダインの槍が再びシェイプシフターの背中を突いた。だがまたしても得られたのは不可思議な手ごたえ。弾かれるのではなく、突き刺さるのではなく、ただそのまま通り抜けた――まるで沼に槍を突き入れたかのような手ごたえに、オーダインの表情が兜の中で歪んだ。
「こいつの体は――」
「チィ、3人同時は流石に厄介だな!」
「私も忘れないでほしいわね」
3人が跳びのけるのと、ディオーレから《金剛風》の詠唱名が聞こえるのは同時だった。
反応が遅れたシェイプシフターは、研ぎ澄まされた金属の嵐を正面から浴びることになったのだ。
再び四方を囲むように間合いを取る4人だが、シェイプシフターは魔術を受けて吹き飛んで動かない。ディオーレ以外の3人がその表情を伺うと、ディオーレは首を横に振っていた。
「――くそ、致命傷になっていないな。起きろ、効いていないだろう?」
「いや、さすがにダメージはある。だがすまぬが、これくらいでは死んでやれぬ」
シェイプシフターが何事もなかったかのようにふわりと飛び起きた。確かに傷ついてはいる。だが4人の目には何が起きたかはわかっていた。金属の嵐の中、致命傷になりそうなものだけを剣で受流し、勢いに逆らうことなく魔術を体全体で受流したのだ。それならば金属の嵐の中、有効なのは最初に当たった数発だけということになる。
そしてその中で、アルベルトだけがさらに別のものを見ることができていた。シェイプシフターの弱点とでもいうべきものを。
続く
次回投稿は、9/22(金)21:00です。