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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その266~夢の跡と笑う者㉖~

 事実、アレクサンドリア側が戦況は押していた。ローマンズランドの方が戦力的には優位とはいえ、地上軍の数はアレクサンドリア、そして援軍を合わせた連合側が圧倒的に優勢なのだ。竜騎士さえ十全ならば10万の軍隊が相手でもローマンズランドが圧倒するだろうが、そうではないのだ。

 そしてイェーガーが持ち込んだ火砲の威力を知るローマンズランド軍は、押し寄せるアレクサンドリアの軍と切り結ぼうとする前に、既に火砲の射程外に撤退を始めていた。ローマンズランドを押しとどめるために指揮官たちが必死に奮戦しているが、先の奇襲もあって絶対的に数が足りないのか、命令が伝達していないような節が見える。

 まともな戦いにならない、させない。コーウェンが考えた通りに戦況は進み、そしてディオーレの魔法もあってさらにそれは加速した。コーウェンの策では竜騎士団が動いたとしても何とかなるだけの策を考えていたのだが、今やそれすら不要なほどの圧倒的な差が付きつつあった。

 この瞬間までは。


「・・・なんだ?」

「戦場の風が――変わった」


 押していたはずのアレクサンドリアの指揮官たち、そしてひたすらに攪乱のために走り回っていたエアリアルが一番にその流れを感じ取った。

 ローマンズランド軍の手ごたえが、突然変わった。突けば揺れるような手ごたえから、しっかりと防備して押し返してくる。弱かろうが強かろうが二度、三度と相手に仕掛ければ弱い部分とそうでない部分がわかるものだが、今やその防備が一様に強くなってきているのだ。

 総崩れに近いところから、一瞬で立て直したことになる。それどころか、防備の隙間から攻撃のための騎馬隊が出撃し始めていた。見事なまでの反撃の手際。この流れを上空から見ていたコーウェンの表情が俄かに曇った。


「この流れはクラウゼルじゃないですね~。これは、人の手によるものではありえない~」


 イェーガーほどセンサーを十分に配置しても、同時に人が動くことはない。そこには必ず時間差が生じ、波のように動きが変わるものだ。だが、一呼吸の間に軍が丸ごと反転した。丁度、カラツェル騎兵隊のあたりで爆炎が起きた時だ。何が起きたのか、コーウェンには知る由もない。だが、これが策などというものでないことだけはわかる。


「クラウゼルはこのことを知っていた~? だから、馬鹿な行動に出たのでしょうか~。でもこれは策ではなく~ただの暴力では~? あるいは、反則チートではないでしょうか~?」


 戦場におけるいかさまの定義はそういえば不明だな、とコーウェンは考えたが、そのためにレイヤーを借りているのだ。ここから先は現地の指揮官と戦士たちに頼るほかはない。その働き次第で、コーウェンにもできることが変わってくるのだ。

 コーウェンが上空で手に汗を握ってるとき、茶騎士ゴートの配下たちはゴートの血を止めるためにそれこそ血濡れの手を必死に動かしていた。


「とにかく何でもいい、血を止めろ!」

「アルネリアの救援部隊がいるなら、なんとかなるかもしれん。そこまでもたせろ!」

「ゴート殿! ちょっと血が抜けたぐらいがいつも良いと言っているでしょう! 耐えてくださいよ!」


 茶騎士隊が彼らなりのはっぱをかけてゴートを励ましているとき、爆炎が突然の突風で押し流された。そこには、少しだけ表面を焦がした元帥が悠然と立っていた。

 紫騎士隊の一斉攻撃にまともな怪我すら負っていない元帥を見て、茶騎士隊の面々が蒼白となった。


「なんだ、あいつは。無傷だって?」

「いや、それ以前に無数の矢傷と投げ槍が命中したのを俺は見たぞ」


 茶騎士隊が一番彼の近くにいたのだ。爆風の衝撃をしのげるぎりぎりの位置にいたのに、傷一つないわけがない。茫然とする茶騎士隊を見て、元帥がふっと笑った。


「そろそろか。起きろ」


 元帥の言葉に反応するように、致命傷を負っていたはずのゴートがむくりと上半身を起こした。突然の出来事にぎょっとする茶騎士たちの首を、ゴートがまとめて刎ね飛ばした。

 驚いたままの表情でゴートの配下たちの首が宙を舞う。それを見て元帥が小さく頷いた。


「ふむ。実力的には少将――いや、大尉程度か。枠を入れ替えるほどの欲しい逸材ではないから、特殊騎兵とでも呼ぶことにするか」

「貴様、何をした!」


 元帥に斬りかかったのは、黄騎士ヴァランド。カラツェル騎兵隊の古参として、暴走するゴートを度々抑えてきたのはヴァランドだ。互いに反目しながらも功を競い合い、時に協力して貢献してきた。そのゴートが、配下の首を刎ねた。

 だからこそ、ゴートに何が起きたかをいち早く感じとった。いかにゴートが粗暴でも、仲間に手をかけることは絶対にしない確信がある。仲間に死者が出た時には、必ずその墓の前で夜が明けるまで酒を一人飲むゴートだ。そんなことをするわけがないのだ。

 元帥は無表情のまま、ヴァランドの方を不思議そうに見た。


「ほう、怒っているのか?」

「当然だ! ゴートがいかに粗暴でも、仲間を手にかけたりはしない。貴様、何をした!?」

「乗っ取った、とでも言えばいいか。理解できるか?」

「知らん! 奴を返せ!」


 ヴァランドは弓矢を最も得意とするが、曲刀使いとしてもかなりの腕前だ。そのヴァランドの連撃を難なく元帥は受け、数合で溜息をついた。


「理解する頭もないか。まぁ、それはどうでもいいが――貴様は要らんな」

「おっさん!」


 急激に速くなった元帥の剣を、割って入ったロクソノアが弾く。たった一撃でその槍にヒビが入ったのに気づいた瞬間、ゴートが彼らに猛然と襲い掛かった。



続く

次回投稿は、9/9(土)21:00です。

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