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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その265~夢の跡と笑う者㉕~


「えてして、最強の者というものはひっそりと生きて人知れず死ぬ。誰も理解しえぬ、孤独な戦いをするからな。この男の元となったのは、名も知れぬ辺境の若者だ。私も名前を知らぬ。その時は知性なるものを獲得していなかったものでな」

「では、その男は」

「世に出なかった強者よ。その人生において、成し遂げた偉業すら知られることがなかった」

「なんだ、その偉業とは」


 メルクリードの問いに、男は乾いた笑いで答えた。


「遺跡の攻略だ」


 男の姿が掻き消えた、と思った瞬間にメルクリードは深く打ち込まれていた。男の手には、いつの間にかフォーリシアのもう1本の剣がある。それを拾い上げる隙がなければ、メルクリードですら反応が間に合わなかった。

 メルクリードが鍔迫り合いでディオダインごと押し込まれる。メルクリードが必死に押し返そうとするのを、剣越しに男は可笑しそうに見ていた。


「なんだ、お前も人間ではないのか」

「放っておけ。だがなんなんだ、貴様は。その男の姿をどこで盗んだ!?」

「盗んだのではない。死にかけていたこの男の願いを聞いたのさ」


 メルクリードが打ち負けて後退し、カラツェル騎兵隊に動揺が広がる。彼らは赤騎士隊の隊長が正面から打ち負ける姿を初めて見た。

 男は、抑揚のない声でまくし立てた。


「辺境で暮らしていた家族のないこの男は、村の仲間のために魔物を狩って暮らしていた。本人も薄々勘づいてはいたが、まぁ体の良い奴隷のようなものさ。だが身寄りのいないこの男には、それしかない人生だったのだ。

 そして遺跡が魔物を供給していると勘違いして、遺跡の探索に乗り出した。腕はたったが、遺跡が何かを理解する力はなかった。繰り返される強敵との闘いの日々に、男の探索は10年にも及んだ。男の願いは魔物を完全に駆逐して平穏を得て、自由になることだった。そして深手を負いながらついに遺跡の中枢を壊したその日、村に戻った男は村人が誰も生きていないことを発見した。当然だ。周辺の魔物が恐れていたのはこの男だけだったのに、男は100日もの間、村を空けていたのだから。それに気づかぬほど辺境の魔物は間抜けではない。

 男は遺跡を壊した報酬を得ることもなく、仲間からの賞賛ももらえず、そして皮肉にも本当に自由になった。男は死に際に初めて気づいたのさ。自分を縛っていたのは魔物ではなく、村の方だったと。まぁ、気づいた時には遅かったがね」


 どこまでが男の言葉で、どこからがこの姿を得た者の言葉だったのか。抑揚のない声には、確かに恨みつらみがこもっていた。

 メルクリードは後ろ手に仲間に合図を送りながら、男の気を引き続けた。


「繰り返し聞くぞ? 貴様は、その男のなんなのだ?」

「男に人間の友人はいなかった。男はいつも、村の近くの沼で一人、誰にも聞かせられない愚痴をこぼしていた。それを、私は聞いていたのさ」


 死にゆく男は、涙ながらにうわごとのように呟いていた。


「何も知らず、世界の片隅で朽ちてゆくのが嫌だと男は言った。私は決めたのだ。男の姿をもらう代わりに、男の姿で人間の世界を見て回ることにした。この世界が滅びるまで、そうしてやることにしたのだ。私にとっても、男は初めての友人――そう表現するが最も適切な存在だったからな」

「貴様――貴様はなんだ?」


 メルクリードが合図をした。敵が隙を見せ次第、カラツェル騎兵隊の全軍で襲い掛かる合図だ。ローマンズランド陸軍はすでにアレクサンドリアやその援軍、アルネリアの神殿騎士団が追い込んでいて、この場には男しか残っていない。

 男はちらりと周囲を取り囲むカラツェル騎兵隊を見ながら、余裕たっぷりに答えた。


「まだわからないのか? 私は大将の上の、元帥と呼ばれる役割だ。だが私の正体を知るゼムスは、私のことを『軍団』と呼んだ。えてして妙だと思ったよ。私の性質をよく言い表している」

「それは、つまり」

「私は放浪の旅で出会った者たちの姿形、その記憶を取り込んでいった。そして状況に応じて姿を変え、ずっと人間の世の中に溶け込んできたのさ。人間が魔王と戦い、その版図を広げていく様も見ていたとも。ああ、アルネリア教の発足当初も知っているとも! まだライフレスの奴が、英雄王グラハムだったころのことも、大魔王たちのこともな! 大きな戦があるところには、常に私はいたのだ。私が姿をいただくにふさわしい人材を、興味深い人生を過ごすものを常に探し求めてきた。今はそれが勇者ゼムスというだけだ。

 誰も私の名前を呼ぶことはない。人の知性を獲得した私は、自分で自分に名前を付けた。今から死ぬ連中にしか名乗ることのない、私の名前だ。私の名は――」


 息を吸った男に、メルクリードが手で攻撃命令を下した。黄騎士隊の矢が何十本と空を舞う。その直後に各騎士団が襲い掛かる。それらすべてを前に、男は笑って言った。まるでそう名乗ることが、礼儀で、唯一の楽しみだとでも言うように。


「私の名前は、シェイプシフターだ!」

「やれ!」


 メルクリードが声を出すと同時に矢がシェイプシフターに突き刺さった。青騎士隊、赤騎士隊がそれぞれ投げやりをこれでもかと投げ込み、紫騎士隊が魔術を何十発も叩き込み、魔術の相互作用で爆炎が上がった。

 それはカラツェル騎兵隊が、巨大な魔獣狩りをするときに行う連携。滅多に使わない連携だったが、まさかこれを個人相手にすることになるとは、誰もが想定していなかった。だが、メルクリードにも騎士たちにも躊躇はなかった。それだけの脅威だと、誰もが感じていたからだ。

 爆炎を見て、レーベンスタインとディオーレ、そしてアルベルトが同時にやってきた。カラツェル騎兵隊の動きは彼らも気づいていたが、いったい何と戦っているかを知る必要があると思っていたからだ。ローマンズランドはすでに瓦解しつつあった。あとは、彼らがいなくとも押し込めると判断した。



続く

次回投稿は、9/7(木)21:00です。

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