開戦、その264~夢の跡と笑う者㉔~
「これは何?」
「魔術? いや――」
リアンノとメルクリードの警戒が最大に達したその瞬間、地の底から響くような声が一帯に聞こえたのだ。
――よくぞただの人間たちが、ここまで私を追い込んだものだ――
その声を聴いた瞬間、場にいた全員の体を怖気が貫いた。声の発生源がどこかと考えたが、その答えに気づいたのはフォーリシアだけ。左手に持つ首から、その声が聞こえたのだ。フォーリシアが首を見ると、生首の目がぎょろりとフォーリシアを睨め上げた。
「ひっ!」
「人の頭をいつまで持っている、女」
大将の首から滴っていた血が刃のようになり、フォーリシアの腕を貫いた。激痛に顔を歪めながらも、フォーリシアは生首を貫かんと剣を振るう。その剣をあざ笑うかのように受け、剣に巻き付くように刃を変形させて、大将はフォーリシアの顔を正面から睨んだ。
「良き素材だ。欲しいと思ったのは少将の元となった女以来か」
「何をわけのわからないことを言っているの! あなたは何?」
「私か? 私は――」
「相手にするな、フォーリシア! 腕を見ろ!」
メルクリードがわずかな気配と言い合う声を頼りに、砂塵の中を突っ込んできた。大将の首を槍で貫かんとしたが、その槍と打ち合った生首は反動で砂塵の中に姿を隠した。砂塵の中からは、気味の悪い笑い声が響いてくる。
そしてフォーリシアが腕を見ると、大将が貫いた傷から左腕が黒ずんでくるのが見えた。
「こ、これは――」
「フォーリシア、平気か?」
「いえ、メルクリード。悔しいけど、あとを頼むわ」
「何!?」
メルクリードが答えを返す前に、フォーリシアは自らの左肘から先を叩き切った。くぐもった悲鳴が漏れ、血が噴き出す。メルクリードが急いでフォーリシアの血止めをするべく駆け寄った時には、切り落とした左腕は真っ黒に変色し、自ら動いて砂塵の中に消えていった。
「なんだ、あれは?」
「まさかと思うけど、乗っ取られかけた! 貫かれた一瞬、あいつの記憶の断片みたいなものが見えたわ。あいつ、人間じゃない。それどころか、生物ですらない!」
「一瞬で私の記憶を読むことができたか。やはり、相性は良いようだ」
砂塵から笑い声と共に大将の声が聞こえてきた。その声が何名もの声が混ざったような不思議な抑揚となり、まるで砂塵そのものがしゃべっているかのようにすら聞こえてきた。
「フォーリシア。何者だ、奴は?」
「あいつは、何百年にもわたって人間の姿を盗み続けてきたのだわ。さっきまで戦ってたのは、数百年以上も前に実在した剣士。ローマンズランド初代国王に仕えた側近よ!」
「つまり、それは――」
「歴史的には無名だが、私の知りうる限り歴史上2番目に強い人間だ」
声が砂塵から聞こえた。さきほどまではどこから聞こえていたかわからなかったが、だんだんと声が収束しているかのように聞こえている。メルクリードは神経を研ぎ澄ませ、相手の居所を探らんとした。
「大魔王ペルパーギスを倒した後、ローマンズランドとなった大地に人はいなかった。その中で王となった竜騎士に仕え、武力で他国を圧倒した将軍となった若者がいた。それが先ほどの大将という姿の人間だった。彼は本当にローマンズランドの大将だったのさ」
「それを盗んだとは?」
「盗んだわけではない、拝借したのさ。志半ばにして倒れる強者の無念を、生きたいという願望を私は叶えた。途中までは本当に彼が大将だったさ。ただ、歴史上の彼の半分の実績は私だがね」
声は得意げでもあり、どこか虚しさが漂っている風でもあった。メルクリードは声の出所を探った。おおよそ3か所ほどに絞れている。
「ローマンズランドは私が作り上げた国でもある。人間の世界などに愛着はないが、時に人間は素晴らしいことは素直に認める。そして、自らが作り上げたものには多少愛着もあるようだ。ローマンズランドの動きを知った時、私はゼムスに言ったのさ。ローマンズランドの側につくようにとね」
「ではゼムスは――」
「あれとも契約している。志半ばで倒れるようなら、貴様の姿を寄越せとな。普段はゼムスの方に主導権があるが、今回ばかりは私の我儘もあるのさ。もともと、ゼムスが活動を始めた頃の仲間は私が最初だ。私がいるから奴はどんな無茶でもする。私には誰も勝てないことを知っているからだ。なにせ、最強の勇者であるゼムスですら私には勝てなかったのだから!」
断言した声の方向を絞ると、メルクリードはフォーリシアの剣をそちらに向けて投げつけた。剣を打ち払う音がしたと同時に、砂塵が急激に収束して剣を投げた方向に集まった。
そこには、一人の男が立っていた。これといって特徴のない、覚えにくい顔の男。醜くはない。好青年のようでもあり、陰険のようでもある。企み深くも見えもすれば、何を考えているかわからぬ風でもある。だがメルクリードはその顔を、どこかで見たことがあるような気がした。そうだ、統一武術大会で見たような気がする。
そこまで考えて、腕の中のフォーリシアが呻いた。はっと我に返ったメルクリードは、リアンノを呼びつけてフォーリシアを託した。
「リアンノ、離脱しろ――いや、フォーリシアを預けて、お前も戦いに参加しろ」
「どういうことです、メルクリード?」
「ここにいる全戦力でこいつをやる。でなければ、負けるぞ」
「え?」
「化け物だ、あれは」
メルクリードがディオダインに乗り、槍を構えた。その体が上気し、半ばダイダロスと化していた。それほどの相手だと、本能が告げている。迷宮で戦ったグリブルも強敵だったが、それを遥かに上回る気配。特徴のなさ、得体の知れなさ以上に黙っていても伝わってくる強者の気配だった。
男は、語った。
続く
次回投稿は、9/5(火)21:00です。