月下の舞い、その4~月を見上げる戦い~
アルフィリース達は戦いの後を追って走る。時刻は既に深夜。窓が割れた音に一瞬宿も騒然となったものの、既に旅人達は深い眠りに入っているのか、あるいは関わり合いたくないと思っているのか。幸にもそこまでの騒ぎにならなかった。
アルフィリース達は眠りについた町を、戦いの跡を追ってひた駆けていた。
「今日は白い月が満月だね。明るくって助かるよ」
「それにしても・・・」
エアリアルが地面に並ぶ死体を見る。その数が徐々に尋常で無くなっていた。
「もうこれで16人目だ。奴はどれほどの腕ききなんだ?」
「それより凄いのは、全て一撃で急所を刺されています。それが恐ろしいです」
楓が冷静な評価を告げる。見れば、少し身震いしているではないか。
「これだけの技術、私たちの長である梔子様と比べても、果たしてどちらが上でしょうか・・・逆に言えば、この連中もあの少女を仕留めるためにこれだけの人員を投入する必要があるということ。なんて恐ろしい」
「そんなこと冷静に言ってる場合?」
「あそこです!」
リサが叫んだ時、少女は民家の屋根の上で戦っていた。宙に舞う鮮血が月に照らし出され、満月を背景に戦う様子は、まるで一枚の絵を抜きだしたように鮮やかな光景だった。少女は自分に向かってくる敵と一合と打ちあうことなく、次々とその生命を奪っていた。まるで、それは勝敗が決められた演舞を見ているようだった。あまりにも人の命が簡単になくなっていくさまを見るのは、とても現実とは思えない。
少女が一つ手を動かすたびに、確実に一つの命が散らされていく。死ぬのがわかっていても戦う相手達は、まるで彼らが彼女に死を請うているように見えなくもない。
「なんて戦い方をするの・・・」
アルフィリースは思わず呟いていた。エアリアルの戦い方を見た時は美しいと思ったが、少女の戦い方は芸術性においてはエアリアルよりさらに上でも、ただひたすらに怖かった。月下に死神が踊っているようにしか見えないのだ。またその死神がなまじ美しいから余計に恐ろしい。白い月の光が銀の髪に反射して、ある意味神々しくさえある。全ての死がこれほど美しくもたらされるならば、多くの者が死を望んでしまうのではないかとさえ思えてしまう。
そして少女を取り巻く敵の数は、残り5人になっていた。もう30人以上がゆうに死んでいるだろう。だが彼らはそれでも戦いを止めなかった。5人が違う方向から同時に攻撃を仕掛けるが、少女がくるりとその場で回転をすると、3人の喉から血が噴き出す。少女は仕込んであった丈夫な鉄線にエアリアルの手裏剣を結び付け、中距離用の武器としていたのだ。
かわした2人の顔面には既にダガーが刺さっている。思わずのけぞった男の首も、少女によって真一文字にかき切られ、唯一こらえた男も、背後から背中合わせに脇腹を刺されていた。その男が力なく手の武器を離すと、少女は離れ際やはり首をかき切って離れた。あまりの斬撃の速度に、男が倒れてから血が忘れていたように天に向けて噴き出したくらいだった。
「凄い」
アルフィリースは思わず感想を漏らしていた。その横では一同が青くなっている。ここまで冷徹な殺し方を見るのは、全員が初めてだった。
殺しといってもその性質は色々ある。憎しみ、恨み、妬み、あるいは戦いの高揚の中で、あるいは自らの快楽のために。いずれも共通する事は、そこには人間の感情があるということ。だが、「ただ殺す」という行為は全員が初めて見たのだった。目の前で踊る少女の殺し方には、何の感情もこもっていなかった。少女は何の感情も持っていないのではないか。そうであれば少女の前に全ての生と死は等しくなる。そのことに全員が恐怖を覚えていたのだった。
その中で、アルフィリースとリサだけが少し違う感想を抱いていた。
「悲しいわね、あの子」
「ええ、本当に」
思わず2人が誰となく漏らす感想。そして全て殺し終えた少女が建物の屋根から飛び降りてくる。3階からの跳躍も、少女は苦もなくこなした。
「(あれだけの戦闘で、返り血をほとんど浴びていない)」
楓は気がついた事実に、彼女は人知れず恐怖する。これだけの技術があれば、例えば友達と出かけて、少し用を足しに席をはずした時にでも暗殺が行えるだろう。
「(暗殺者としては理想形。こんな人間を目の当たりにすることがあるなんて・・・私もいずれああなって行くの?)」
楓が不安を抱える中、少女がゆっくりとアルフィリース達に近づいてくる。
「お前達、なぜ部屋から出た?」
「貴女が心配で・・・」
「余計な世話だ」
少女は取りつく島も無く答える。そしてため息をつくと、刃をアルフィリース達に向けた。
「何をするの?」
「今からお前達を殺す」
その言葉に全員が息をのむ音が聞こえるようだった。少女に一度狙われれば、生きて帰れる心地がしなかったからだ。
「なぜ?」
そのなかでも、リサが冷静に受け答えをする。だが少女はあくまで無表情で、あるいは装って、
「私の正体を知られたからには生かしておけない。今までずっとそうしてきた」
「私達は貴女を助けたのですよ?」
「恩が恩で返されるとは限らない。助けた人間に家を焼かれる者もいる。そういうことだ」
少女が小刀を握り直す。一歩を踏み出そうと体重を前にかけた瞬間、リサが前に出た。
「いいえ、貴女は矛盾しています」
「どこがだ?」
「もし本当に殺す気なら、ここはリサ達に感謝するふりなり何なりして、リサ達が眠った後にぶっすりやれば済むだけの話です、違いますか?」
「・・・」
少女は答えない。だが動きもしない。だからこそリサは自分の意見が的を得ていると感じる。少女は無表情だが、おそらくは自分の行動に戸惑っているのだと。そしてその原因を自分でもわかっていないのだと。これはセンサーとしてのリサの能力ではなく、長らく人間というものを観察していきたリサの洞察力である。
「それを貴女はやらず、逆に正面から殺すと宣言する。暗殺者にしてはあるまじき行為では?」
「・・・何が言いたい?」
少女が自分の言葉に反応した瞬間、リサは自分の読みが当たっていることを確信した。そして、これならば説き伏せられると思うのだ。
「貴女は感情がないわけではない。おそらくは自分でも戸惑っているのでしょう」
「・・・!」
少女の無表情が一瞬崩れかけたのを、リサは見逃さない。
「貴女は一体どうしたいのです? リサでよければ相談に乗りますが」
「・・・わからない」
少女は力なく返事をした。その口調は今までのものと大きく異なっている。
「私たちは道具。命じられるままに暗殺をこなし、失敗すれば死あるのみ。また組織の命令には絶対服従。なのに、なぜ自分が今でも生きているのかわからない。なぜ大人しく組織の制裁を受けないのかわからない。なぜさっき貴女達に部屋の中にいるように指示したのかわからない。私は、もう自分がわからない--」
「・・・」
リサは少女の様子をじっと見ていたが、少女は本当に戸惑っているようだった。リサは少女について考察してみる。
「(そういえば楓が言っていましたが、暗殺を主に行う口無しは感情を殺すように躾けられると言っていましたね。口無しの任務はそれだけではないため無感情な者はあまりいないそうですが、中には激務に耐えられず自ら感情を手放す者もいるとか。仮に彼女が純系の暗殺者として育てられたとすると、もともと感情なる概念を教えられていない可能性もある? それが何らかの拍子で彼女の中に感情が芽生え始めていたとしたら・・・大きな赤子みたいなものですね、彼女は)」
リサがこの後どうするべきか悩むが、その方策は少女のほうからもたらされた。
「お前は・・・」
「?」
「お前は私の事がわかるか? 答えがわかるか? もしこの答えがわかると言うのなら、殺すのは考えてやってもいい」
「ふむ」
リサは少し考え込む。仮に答えを与えたとして、納得するかどうかは別問題だ。また納得したとしても、暗殺者ならば平気で嘘をついて自分たちを殺すぐらいはするだろう。彼女は恩義を感じる人種には見えない、少なくとも今は。それに答えを与えても、彼女が納得できなければ結局自分達は殺されるだろう。どちらにしても殺される可能性が高い。
「(困りましたね・・・どう転んでも死ぬではないですか。これはもしかするとリサ的に人生一番のピンチ? それでも、彼女をなんとかしてあげたいと思う自分もいるのですよね。はて、どうしたものでしょうか)」
「どうした、答えが出せないのならお前達に用はない。死んでもらうぞ」
少女が前に出るのを見て、思わずアルフィリースとリサ以外が一歩下がる。その時リサが答えるのだった。
続く
次回投稿は7/15(金)22:00です。