開戦、その263~夢の跡と笑う者㉓~
フォーリシアが吹き飛んでも意識を保っていられたのは、偶然に過ぎなかった。捨て身の特攻が左耳が千切れかけている程度で済んでいるのは、運が良いとしか言いようがない。だが対峙した大将はそうとはいかなかったようだ。
「ぬ・・・ぐ」
重装鎧を全身にまとっているとはいえ、魔術を完全に遮断できたわけではなかったようだ。鎧が半壊し、留め金が限界を訴えるようにバキン、と音を立てて壊れた。
仕留める好機だ。だがフォーリシアの思いに応えたのは麾下の緑騎士隊ではなく、哄笑と共に突っ込んできた茶騎士ゴートだった。
「フハハハ! 運は我に有りぃ!」
進路が逸れたはずのゴートが突撃してきたことに驚いたフォーリシアを、メルクリードがひょいと抱え上げてディオダインの上に乗せた。
「無茶をしすぎだ、フォーリシア」
「メルクリード? あなたがゴートを連れてきたの?」
「弱いところを探して周囲を回っていたら、奴が飛び出してきたのを内に再び押し込んだだけだ。ここに来たのはたまたまだな。ゴートの奴は馬鹿だが巡りがいい。戦わせておけば、たいてい良い場面に遭遇する。そう信じて追いかけてきたが――」
「?」
メルクリードはフォーリシアも認める狂戦士だが、そのメルクリードが言い澱むのを初めて聞いた。
メルクリード自身もそうだ。なぜ言い澱んだか判断に苦しんでいる。普通ならゴートを押し込みがてら、その横から一番槍をかっさらうこともままある赤騎士隊だ。あの男は、それを躊躇させた。
ゴートは馬鹿だが、勘は悪くない。そのゴートが何も感じないのなら、気のせいか――メルクリードはそう考えた矢先、ゴートの表情が引き攣っているのが見えた。その暴虐な槍先に、微かな鈍りを感じとった。あの傲慢な性格の男が、まさか怯えているとでもいうのか。メルクリードの胸を、不吉な予感が突き抜けた。
「よせ、ゴート!」
「うぉおおお!」
ゴートの突撃が大将の鎧を砕いた。同時に、大将の大剣がゴートの馬ごとゴート袈裟斬りにした。
茶騎士隊は、先頭を走る隊長が斬り伏せられる様を初めて見た。傲岸不遜で、大酒のみで、騎士としての風格なんて一つもないくせに、部下にやらせるのではなく誰よりも体を張った戦い方だけはたしかに騎士だなと思われていた茶騎士隊の隊長が、部下の目の前で崩れ落ちた。
それを見た茶騎士隊の行動は、全員突撃。誰も何も言わずとも、馬の横っ腹を蹴り、全員が最高速で突撃した。
「潰せ!」
「踏み砕け!」
動く城壁となった茶騎士隊の突撃を、正面から斬り伏せ続ける大将。だが茶騎士隊の面々は致命傷を負いながらも、自らが大将に覆いかぶさるようにしてその態勢を少しでも崩さんと体を張った。
5人目か6人目の差し出した腕が、大将の手首を掴んだ。そして馬が大将に頭突きをしたとき、初めて大将の体が傾いだ。
「今だ!」
「くらえ!」
茶騎士隊が次々と槍を大将に向けて突き刺していく。2本、3本、4本。それでも踏ん張って倒れようとしない大将に向けて、メルクリードがディオダインを走らせながら叫んだ。
「ヴァランド!」
その呼びかけに応えるように、黄騎士隊が姿を現し、強弓を見舞った。大将を針鼠のようにしながら、ヴァランドの矢は正確にその脳天を射貫いていた。
メルクリードがとどめの一撃を見舞わんとする刹那。背中にいたはずのフォーリシアがメルクリードの肩を蹴って大将に襲い掛かった。
「その首を、寄越しなさいな!」
フォーリシアの剣が一閃し、大将の首が宙に舞った。その直後、止まることのできないメルクリードの槍が、大将の体を貫いた。
フォーリシアは落ちてきた大将の首を掴んで、勝利の鬨の声を上げようとした。茶騎士隊は、ゴートの傍に駆け寄ってその安否を確かめようとした。黄騎士隊はゴートが倒れた様を見て、やや茫然と遠巻きに見ていた。出遅れた青騎士隊と、中継役でもある紫騎士隊は今更この場に登場した。メルクリードは、自らの槍の手ごたえに納得がいかず、自分の掌を見つめた。
その時だった。突然その場に土煙が湧き上るように立ち込め、全員の視界が急激に悪くなったのは。
続く
次回投稿は、9/3(日)21:00です。