開戦、その262~夢の跡と笑う者㉒~
「盾に、救われるとはね」
フォーリシアの声に、悔恨の念がこもる。フォーリシアは武家の家系として、剣と盾の正統派剣術を最初に教わった。だが合わなかった。芽が出ないある日、やけくそで2剣にしてみると、妙にしっくりきた。それで打ち据えた兄弟たちからも親からも師範からも邪道と蔑まれ、家名を名乗ることをついに許されなかった。
フォーリシアは家を飛び出て、傭兵となった。実力が全ての世界でフォーリシアはすぐに頭角を現したが、同時に人の恨みもかった。人もなげな態度をとっても許されてきたのは、自分が貴族だったからだと、今更知った。
フォーリシアが名を成したころ、まだイェーガーはなかった。それで女性でもまっとうに扱ってもらえると評判のカラツェル騎兵隊に身を置くことにしたが、馬術はさほどでもないことが間違っていたと、入団してから知った。なので馬術がさほど必要とされない紫騎士隊か緑騎士隊への参入を勧められたが、おなじ女でありオーダインの妹であるリアンノが隊長を務める紫騎士隊ではどうやっても出世に恵まれないため、緑騎士隊に入るしか選択肢がなかった。
皮肉にも、緑騎士隊は剣と盾を使う騎士隊だった。フォーリシアは嫌々ながらもそれなりに取り組んでいたが、訓練に身が入らないことを前隊長であるウーズナムにはあっさりと見抜かれた。だがウーズナムもかなりの変わり者で、「別にいいんじゃないですか? 盾が嫌いでも」と言うのだ。
ここは騎士団を名乗りはするが、その実は傭兵なのだから、すべて自分の行いは自分に責任がある。やりたくない訓練はやらなくてもいいとウーズナムは言いきった。ぽかんとするフォーリシアを前に、彼は面白そうな表情でこう言った。
「盾は、命を守る防具です。使い方次第では武器にもなりますが、基本的には誰かを守るためのものです。盾を体系化して教える武家は珍しいですが、誰かに死んでほしくないから教えるものでしょう。盾を中心に自らの身を守る術を教えられたあなたは、大事にされていたのだと思いますよ? まぁ私は仕事ですので、隊員は大切にしますからあなたが隊から離れない限り教えますが――不要と言うのなら、まぁそれもよいでしょう。守るものが何もないというなら、2剣だけを振るうのもあなたの選択です。あるいは、その2剣で何かを得るのも守るのも、新しい形としてありえるかもしれません。私が一生この隊の隊長をやっているわけではないでしょうから」
その言葉で何かが晴らされたわけではないが、この緑騎士隊を引き受ける原因にはなったろうか。それなりに練習して、ウーズナムの次くらいには盾を使えるようになって、それでもやはり自分が戦う時には盾を使わないことがほとんどだった。彼があっさり死んだ後も、緑騎士隊の特徴はそのままに盾の練習をやめることはしなかった。なぜかは考えられなかったが、ウーズナムの考え方がいやにしっくりとくることはフォーリシアも認めざるをえなかった。
自分も今日、なんとなく丸盾を馬の横に装備して出て行ったことが、運命を分けることになった。他人の言うことも、馬鹿にはならない。こんな自分をウーズナムが見たら、なんと言うだろうか。
「運がよかったですね、くらいしか言わないわよ、あの糸目! 感謝してるわ!」
フォーリシアは大声を上げながら敵に懐に突撃した。理屈も何もあったものではない。相手は大剣使い、自分は短めの2剣使い。超接近戦が有利だと普通は思うだろうが、先ほどから近寄る敵が間合いを選ばず、撫で斬りにされている。
まるで風による削岩。それほどの剣速と切り返しの速さを見て、なおもフォーリシアは突っ込んだ。自分がやらなければ、この男を止めなければ。まず緑騎士隊は致命的な打撃を受けると判断したからだ。それだけではない。戦場で今もっとも勢いのある隊を止められれば、戦場の趨勢そのものが変わりかねない。相手は、そのことをわかってこの場に来ているはずだ。
「アアアッ!」
フォーリシアの額が大剣の風圧で切れた。薄く緑がかる髪を鮮血で染めながら、フォーリシアが大将に肉薄する。普段ならばフォーリシアの必殺の距離。だがフォーリシアは大将の表情を見て、生きてきて一番得体の知れない感情を抱いた。
焦りがない、喜びがない、驚きがない、愉悦がない、興奮がない。およそ戦場に必要な感情の揺れ動きや高揚が、相手には一切ないのだ。これほどの絶技を誇りながら特徴が一切ないに等しい相手の顔が、急にぽっかりと空いた穴に見えた。
この相手は、駄目だ。他の隊長の所に行かせてしまっては駄目だ。フォーリシアが他の隊長たちに仲間意識を抱いたことは一度もない。だが彼女もカラツェル騎兵隊としてながく働いてきて、それなりに誇りを持っていたことに、自分で驚いたのだ。
「行かせないわ、この化け物!」
フォーリシアは超接近戦で風の魔術を暴発させた。発動させた本人でもどうなるかわからない、詠唱も何もない魔力の暴走。強いて言うなら、自分に呼びかけに応じた精霊たちの好意的な横面を、突然平手ではたいたような侮辱的な行為。当然精霊は怒り狂い、フォーリシアもろともに、大将を風の魔術で傷つける。
続く
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