開戦、その261~夢の跡と笑う者㉑~
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「ははぁん~。なるほど、そういう仕掛けですかぁ~」
遥か上空から、コーウェンがローマンズランドの陣立てを見守っていた。策士の本領は戦略、そして戦争の勝敗は準備で決まるとはいえ、当然ながら現場での指揮能力、戦術にも優れている。
通常ならただの密閉防御陣形であるはずの車輪の陣を、変形させて罠と化す。一見して見える外側の陣形は通常の重装歩兵による防御陣形だが、二枚目以降の壁をゆっくりと円運動させて動かしている。そして内側の壁になるほどに速く移動させて、まさに車輪と化す陣形。これに突っ込んだ相手は、正面から突破しているつもりでいつの間にか外に流されて押し出されることだろう。高低差のない土地で、相手の中央を正確に見出しながら突撃するのは非常に難しいことだ。
そして、外に出された相手は、おそらくは頭上から竜騎士の火箭を一斉に受ける。竜騎士団は混戦になると味方を巻き込む可能性があるため火のブレスを使えないため、通常は先制攻撃、もしくは敵の追撃や掃討以外で出番がないものだが、これなら通常戦闘でも出番が来る。高度をとれないことはある程度の効果はあるだろうが、この陣の被害を防ぐ決定打にはならない。
さらに一枚目と二枚目の壁の間に竜騎士を歩兵としてところどころ配置することで、楔を打たれているようなものだ。余程剛毅な者でもない限り、防御陣形を一枚抜いた後に竜騎士が出現すれば、普通は進路を変える。そうして茶騎士隊は見事に進路を外へ、外へと切らされていた。
「竜騎士を飛ばさずに運用しますか~。さすが面白いことを考え付きます~」
いるだけで重装歩兵数人分。効果的な使い方だ。あるいは、これもローマンズランドの知られていない軍略に入っていたのか。
コーウェンの頭が回転を始める。クラウゼルの策があといくつあるかは知らないが、対応速度ではこちらが上だ。打開策さえ思いつけば、優秀なセンサーを多数抱える自分たちの方が、いち早くその考えを戦場という盤上に反映させることができる。
茶騎士隊は捨てるか。借りておいてなんだが、それほど持ちうる手駒の中では必須ではないとコーウェンが考え、采配を振るおうとしたその時である。予想外の動きをした部隊が2つあった。緑騎士隊と、赤騎士隊である。
「ほほ~? そこでそういう動きをしましたか~。戦場で空気を読めない人間と、読まない人間の行動というところでしょうか~。世の中には人間のものさしでは測りがたい相手というものは、常にいるのですね~」
攻めが思ったよりも強い。いや、予定に入らない動きをしているというべきか。これなら無駄な犠牲を出さずにいけるかもしれないとコーウェンが考え、振り下ろしかけた手を引っ込めた。
「クラウゼル~? 現場にどんな人材を揃えるかも、準備の内に入るかもしれませんねぇ~? これが時代の流れというものでしょうか~、それとも頭に戴く者の人徳の差ですか~? それとも、ただの運や運命とでもいうべきものでしょうか~。天があなたの望みを叶えるべきでないと判断したのと知ったなら、あなたはどうお考えでしょうか~?」
コーウェンの言葉はラキアしか聞いていなかったが、ラキアには戦略を理解することはできないので、真竜でありながらこの場で相談相手にすらならないことを恥じ入っていた。そして、彼女の言葉の中に言葉にならない寂寥が混じっていることにも気づくことはなかった。
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「アハハハッ! お金がたくさん!」
緑騎士隊がローマンズランドの車輪の陣を前にして、大奮戦していた。緑騎士隊の隊長となったフォーリシアは、グンツをもってすらイカレ女と言わしめる狂気の持ち主をいかんなく発揮していた。フォーリシアの振るう剣が煌めく度、首が1つ、多くて3つ飛んでいく。
風魔術を駆使するフォーリシアに、ただの重装歩兵では止めることはできなかった。大盾ごと重装歩兵が両断されたとき、ローマンズランドの軍隊ですら恐怖で道を開けた。いや。正確には、返り血を浴びて哄笑するフォーリシアに恐怖したのだ。
なるほど、策士クラウゼルの策は常人には有効であろう。だがそれはせいぜい「血気盛んな相手」までを想定したものであり、常識の通用しない相手を策で測ることはできないのだ。まして戦術を飲み込む狂気ともなれば、誰がその狂気を推し量ることができようか。
今回の戦に際して、フォーリシアのやる気を最大限に引き出すため、「首一つに対し、いくら」という報酬をオーダインは約束していた。三度の飯よりも戦場と金が好きと豪語するフォーリシアにとって、それ以上に魅力的な報酬はないことをオーダインは知っていた。
そして風の魔術で自身を覆い、飛竜の火すらも受け流す魔術を持つ彼女にとって、火竜の炎などは問題にもならない。そして部下たちもそれをよく知っているので、フォーリシアを先頭に、あるいは盾にして進む騎馬隊は、竜騎士では止まらなかった。
飛竜ごと騎士の首を刎ねたフォーリシアが叫んだ。その声は風に乗ってよくローマンズランドに響いた。
「さあ、首を私の前に並べなさい! 命を惜しむ者は、私の視界から見事逃げおおせてみるがいい!」
傭兵、まして女にこんなことを言われれば、多くの騎士は侮辱でしかないと受け取るだろう。だが、それよりも指揮の上がらないローマンズランド陸軍にとっては、彼女は得体のしれない化け物のように見えた。
途端、薄くなった防御網に向けてフォーリシアは吐き捨てた。
「ふん、なんて惰弱! 陣形そのものは悪くないのに、従う兵士が弱卒では!」
「まったくだ」
このまま中央まで突破して、敵の大将の首を上げてやる――そう考えたフォーリシアの前に、突然大剣が振り下ろされた。
フォーリシアは咄嗟に丸盾でその大剣を受け流すように動いたが、それでも威力をそらすことはできず、馬を犠牲に後ろに飛んだ。後ろに飛んだフォーリシアが仲間の肩を踏んで横っ飛びに後続に踏まれないように脱出する。身軽な彼女が見たのは、威力を逸らしただけで使いものにならなくなった丸盾と、自分の騎士隊の精鋭10名の首が、まとめて胴と泣き別れる瞬間だった。
続く
次回投稿は、8/30(水)22:00です。