開戦、その260~夢の跡と笑う者⑳~
ロクソノアの表情を見てゴートも彼の決意を感じ取ったのか、珍しく優しくその肩を叩いた。
「あまり気負うなよ、青騎士の。貴公は多少生意気なくらい若々しいのが丁度よい。責任だのなんだのは、年寄りの俺や黄騎士に任せておけ」
「年寄りって・・・それよか、俺が気負って見えます?」
「それなりにはな」
鈍感なゴートにそう言われるとは、相当緊張している可能性がある。ロクソノアはそれに気づかぬ自分を恥じた。
その時、イェーガーのセンサーたちから連絡が届いた。出番を告げる合図とともに、要塞の目の前にある壁が崩れ始めた。崩れた壁を城門代わりに出撃するのは、彼らの経験をして初めてのことだ。
壁が壊れる音に馬がいななく。暗かった場所に光が差し、目が慣れる前に出撃の鬨の声が聞こえた。
「くそっ、少しくらい時間を寄越せ!」
「少しくらい目が見えないでなんだ! 目の前にいる奴は全部踏みつぶしてやればよい!」
「そりゃあ、あんたらみたいな巨馬を扱う騎士はそれでいいだろうけどなぁ!」
「ははっ、その調子だぞ青騎士! 目が慣れるまで我々の後につづいてまいれ、惰弱なローマンズランド陸軍など、俺らが踏みしだいてくれるわ! 茶騎士隊、出るぞ!」
茶騎士ゴート率いる茶騎士隊が、荒々しい馬蹄の響きと共に出撃していった。騎士というよりは、礼節など知らぬ猛獣の群れ。彼らにとって礼儀とは、貴賤の区別なく等しく踏み潰すことのみ。
青騎士隊は出遅れ彼らの後塵を拝す形になったが、ロクソノアの近くの騎士がひっそりと告げる。
「俺らの代わりに露払いをやってくれるなんて、いいところありますね、ゴート殿」
「そんなわけあるか! あのおっさんの頭に、俺のためにひと働きをしようなんて殊勝な気持ちがあると思うか!?」
ロクソノアの言葉のとおり、「ははは! 一番槍は我々がいただきだ!」というゴートの高笑いが砂塵の向こうから聞こえてきた。
ロクソノアは顔面を手持ちの水でぬぐいながら号令を下す。
「青騎士隊、出るぞ! 隊列を整えつつ、茶騎士隊の側面から駆け上がる! 一番槍の名誉を茶騎士の荒くれどもに取られるな!」
「「「ハッ!」」」
要塞から青、赤、緑、紫、黄と、各騎馬隊がローマンズランドへと向かって駆けだしていく。普通なら馬の速度の点からも青が一番槍となることがほとんどだが、先行した茶、そして逸る緑と並ぶ格好になる青騎士隊。
あまり見慣れない攻撃陣形に、ロクソノアの思考が巡る。すでに視力は戻っており、相手の陣形もわかっている。車輪の陣。八方から囲まれることを想定した防御陣形だが、ここは通常正面から相手の攻撃を受けるための魚鱗の陣の変形ではないのか。それとも、まだ遠方にいるはずの他の軍が到着することを今から期待して待つというのか。
答えは出ないが、川の流れのように動く相手の防御陣形を見て、直観的に判断する。
「青騎士隊は一撃離脱をする! 陣に深入りするな!」
「承知!」
「先鋒は茶騎士隊と緑騎士隊に譲るので?」
「損耗したいならやらせとけ! あの陣形は不気味だ、俺なら様子を見る!」
「緑騎士は手堅い戦い方が得意なはずなのですがなぁ。隊長がフォーリシアになってから随分と様変わりしました」
「あいつはイカレだ。血が見たいなら喜んで譲ってやるさ!」
ロクソノアは急遽、一撃離脱の戦法を取ることにした。その違和感をどこで感じ取ったのか、ロクソノアが考えたのは一撃離脱を加えた後だった。昔は勢いそのままに突っ込むだけの猪武者と揶揄され、オーダインには呆れられ、ヴァランドには大目玉をくらったものだ。だが指揮官というものは、とかく考えなくてはいけない。そうでなければ死ぬのは自分だけにとどまらず、部隊、下手をすれば全軍に被害が及ぶ。学問が苦手だなんだと言っていることなどできず、ヴァランドに厳しく戦術などを徹底指導された日々を思い出す。
防御の陣形は相手を受けとめるためのものだ。前面には全身鎧の大盾持ちを並べ、あるいは長槍で騎馬の突進を回避するのではないか。そういった陣形は一撃を加えると、揺れる。一撃離脱でも何回か攻撃を加えていると、必ず弱い部分が露呈するものだ。装備は一様でも、それを扱う人間には必ず強弱があるからだ。
だが一撃離脱を何度か繰り返しても、ローマンズランドの陣形はびくともしない。まるで衝撃を吸収する不定形生物のような手ごたえだ。手ごたえがおかしいことを、どうやら部下たちも感じ取ったらしい。
「ロクソノア隊長! あの陣、一向に崩れません! なんか手ごたえが変ですよ!」
「わかってる!」
「ですが、別段堅牢な陣ってわけでもありません。強引に突き崩しますか?」
「できなくはない。できなくはないが――」
手ごたえがいちいち変わるのも不気味なのだ。すでに茶騎士隊と緑騎士隊は敵の陣に突っ込んだ後だ。紫騎士隊、黄騎士隊は取り掛かっているところであり、赤騎士隊が逆に敵の陣に突っ込まず、周囲を回りながら様子を見ている。メルクリードがそれなりに危険を感じ取ったということか。
「赤騎士隊が一度も仕掛けず、周囲を回るとはな――ん、回る?」
ロクソノアが相手の陣形を再度見る。茶騎士隊の砂塵が、陣を斜めに横切っているように見える。いや、内から押し出されているのか。カラツェル騎兵隊随一の突破力を誇る茶騎士隊が、押し出されるとは。
そうしてロクソノアは自分が抱いた違和感に気づいた。同時に、そんな馬鹿な、とも思う。
「あの陣形――回ってやがる!」
続く
次回投稿は、8/29(火)22:00です。