開戦、その259~夢の跡と笑う者⑲~
その表情を見て、ゼムスがふっと笑った。ゼムスが笑うのは稀なことだ。ゼムスがクラウゼルの顎をくい、と引き寄せてまじまじと見つめる。
「その顔だ、俺がお前を気に入っているのは」
「? どんな顔です?」
「破滅を望む顔。自分も、味方もおかまいなし。お前は勝ちながら死に場所を求めている。勝つためなら味方の犠牲は度外視だ。当然俺もそうだな?」
「はぁ、まぁ。あなたの命なんて、心の底からどうだっていいですね」
当人を前にしてそう言い切るクラウゼル。その言葉に偽りなし。それどころか、死んでほしいとさえ思っているような――ゼムスはそう感じてなお、クラウゼルのことを憎むつもりにはなれなかった。
「俺はお前のそういうところが気に入っている。是非ともローマンズランドも俺も軍団も使い潰してもらいたい。その果てにある何かを、俺は見たいんだ」
「それは構いませんがねぇ。全部いなくなった後に残るものなんて、ただの死肉にすぎませんよ。死ねば皆、平等ですから」
「おそらくは、大将より上が出る」
ゼムスはクラウゼルの答えには何ら反応せず、ただ別のことを告げた。ゼムスの言葉の意味がわからず、クラウゼルは思わず首を傾げた。
「大将の上? そんなのがいるんですか?」
「いる。俺も、バフルールも負けた。あれがもし出てくるようなら、人間が何万寄り集まろうが勝てん。そういう風にできている。あれが、なぜ『軍団』を名乗るのか。知っているか?」
「いえ、知りませんし知ろうともしませんでした。想像はついていましたが、まさか他の理由が?」
「ある。これ以上ローマンズランド軍が損耗するようなら、自分がやると言われたよ。あれが出てくれば戦いは終わる。勝ちが決まった戦い程つまらぬものはない――そう思ったことはないか?」
「ああ――それは、わかりますが。そうなれば、私はお役御免ですか?」
「お前だけではない」
ゼムスは一度言葉を切って、周囲に軍団がいないことを確認してからさもつまらなさそうに、覇気のない顔で告げたのだ。
「軍団にとって、全ての他人は等しく価値がない。俺も、お前も、奴にとっては同じことだ」
ゼムスの言葉があまりに空虚で、思わず戦いの喧騒すらクラウゼルの耳に届かない空白の時間ができてしまっていた。
***
――要塞の出口が解放される少し前のこと
「おい、出番はまだか」
「落ち着けよ、ゴートの旦那。押し込められてはやる気持ちはわかるがよ」
青騎士ロクソノアが、茶騎士ゴートの肩を叩く。カラツェル騎兵隊において気性が荒く、お世辞にも騎士らしい騎士とはいえないゴートだから、大一番の戦を前に興奮して制御がきかなくなることはままあることだった。
そのゴートに気安く声をかけられる若い青騎士ロクソノアは、やはりただ物ではないと茶騎士隊も青騎士隊も、同時に尊敬の眼差して見つめていた。普段はすぐに手が出るゴートも、一つの騎馬隊を率いるロクソノアにはさすがに無碍な扱いはできない。入団したての頃には制裁してやろうとしてあったゴートだが、それもうまくかわしながら立ち回り、実績を上げてきたロクソノアには一目置くようになっていた。
「ふん。こんな視界もきかぬ狭いところに閉じ込められて、一刻以上だ。文句の一つも言いたくなるわ!」
「あんたらの騎馬隊の馬はデカいからなぁ。他の隊よりも苛立つのはわかるけどさ」
ロクソノアがゴートの馬の鬣を撫でてやると、馬は同意したように鼻息を鳴らした。自分以外にはそう懐かない馬が素直な反応を示すことに、ゴートは感心する。馬も、騎士の実力を読むことができるのだ。
「貴様らの騎馬隊とて、快速自慢なのだ。他の馬より気性は荒かろう」
「まぁね。それでもあいつらほどじゃないかもなぁ」
ロクソノアの脳裏によぎるのは、エアリアル率いる部族の騎馬部隊。大草原にそういう連中がいるとは聞いたことがあったが、それにしても見るからに少し違う連中だった。あれは馬と人で一つの獣。馬すらも戦となれば自ら人を殺そうとするのだろう。
カラツェル騎兵隊の馬が、あの一群を見て怯えて自ら道を開けた。隊長格の馬たちはさすがにその場に踏みとどまろうとしたが、それでも怯えは隠せなかった。部族の部隊はそんな騎兵隊をちらりを一瞥すると、何ら感情を出さず素通りしていった。
戦わずして負けた、と誰もが感じた。いや、実際に戦えば勝敗はわからないのかもしれない。だが彼らには間違いなく凄みと威圧があった。直近で激しい戦を何度も経験したのだろう。この戦いで彼らを上回らなくてはいけない。ロクソノアは密かな決意を抱いていた。
続く
次回投稿は、8/28(火)22:00の予定です。不足分補います。