開戦、その258~夢の跡と笑う者⑱~
ドニフェストが騎竜にのって上昇するのも忘れていると、その肩をクラウゼルが掴んだ。
「落ち着かれよ、総司令官殿」
「こ、この状況でどう落ち着けと言うのだ! どう見てもこの遠征は失敗ではないか!」
なるほど、ドニフェストの言う通り敵に翻る旗は少なく見積もっても10以上の国がある。アレクサンドリアの戦況に関して詳しい報告をクラウゼルが持っているわけではないが、何をどうやったのか反乱軍となったはずのディオーレが、アレクサンドリアの正規軍を撃破した勢いそのままに、アレクサンドリアに寄越された同盟国の援軍を借り受けてここまで出てきたと見るのが妥当なのだろう。
まったく、馬鹿げているにもほどがある。アレクサンドリアの国軍は人形兵が中心といえど、兵力差で8倍はあったはずなのにそれを撃破してあまつさえここまで――クラウゼルも思わず笑ってしまった。
順番に国を落としていく遊戯だと思っていたら、最初から最大の決戦がやってきたのだ。だが考え方によっては好都合でもある。軍の損耗が一番少ない時に、最大の戦力とやれるのだから。
「だとしても総司令官殿、あなたが慌てるのはまずい。まずは落ち着いて堂々とされるがいい。見たところ、まだこちらの方が戦力は上だ。奴ら、たしかに様々国の連合ではあるだろうが、それほど数が多いとは思えない」
「む・・・たしかに」
そもそも竜騎士は一騎で10の騎兵に相当する。相手が同数だとしても、こちらの方がはるかに有利ではある。
「第一に、奴らは合従軍に主力の軍を派遣しているはずだ。ここに来ているのは連中の中でも上澄みを抜かれて残った搾り滓のような軍隊だろう。とても精鋭とは呼べないはずだ。強力な一撃を食らわせれば、簡単に瓦解する」
「う・・・む」
「第二に、上空は抑えられても、竜騎士が飛べないわけではない。空で組む陣形が制限されるだけで、順次焼き払えばよろしい」
「なるほど、確かにそうだな」
「第三に、これほどの軍をここに寄越すのであれば兵站を築いているはず。それらを奪えば、我らの食糧問題も解決するでしょう。最初から最大の決戦の場が来たと思えばよろしい。これに勝てば、東の諸国は一気に落ちます。ざっと思いつくだけでもこれだけ有利な要素が我らにある。そう考えれば気分も楽でしょう?」
「上手いことを言いよる」
ドニフェストはふぅ、と息を吐くと、もう普段の状態に戻っていた。動揺するあたりが人間相手の戦に慣れていないなとクラウゼルは思うのだが、切り替えの早さはさすがと評価しておくことにした。
「たしかに、取り乱す要素はどこにもないな。では竜騎士の指揮は私に任せてもらおう」
「ええ、もちろんですとも。私は地上軍を率いて、総司令官殿が蹴散らしたところを突きます。これに勝てば『陛下』とお呼びしてもようございますかな?」
「ふん、世辞が上手くなったな。いつの間に宮廷作法に馴染んだのだ? もっと貴様は礼儀知らずだと思っていたが、棘が抜けているのではないか?」
ドニフェストの指摘に、クラウゼルも皮肉めいた笑みを浮かべた。たしかに一つ所で策を長く練ることにはなったが、まだ鈍っているつもりはない。
「それはこの戦のあとをご覧くださいませ」
「よかろう。続け、者ども! 相手にとって不足ない相手だ、蹴散らせば我々の大望は成るぞ!」
ドニフェストの号令でローマンズランド軍が冷静さを取り戻していく。竜騎士さえ頭上を取れば、この戦に負ける要素はない。クラウゼルも号令をかけた。
「車輪の陣で敵の攻撃を受ける! 総員、配備せよ! 竜騎士が空に飛び立てば、我らの勝ちなのはいつもどおりだ!」
「応!」
動き始めた軍隊を前に、クラウゼルの傍にすっとゼムスが寄ってくる。その隣には軍団の大将もいた。クラウゼルをして、大将を見るのは随分と久しぶりのことだ。今まで通算2度、以前はたしか5年前、辺境のS級依頼を受けた時に見たきりだ。あの時は仲間にすら死人が出るほどの酷い戦いだった。
今回もそれに匹敵する危機だというのか。クラウゼルが驚くのも無理して、ゼムスが静かに。しかし残虐な提案をした。
「俺は念のためにお前の護衛につくが、軍団はどうやら暴れた方がよさそうとのことだ。カラツェル騎兵隊の全戦力がいる可能性がある。軍団が大将を向かわせる、と」
「オーダインもいますか」
「いるだろう、奴の匂いがした。何より、カラツェル騎兵隊の動きが本物だ」
「ならば、あなたが向かうとばかり」
「そうしたいのは山々だが、お前の傍を離れない方がよさそうだ」
「勘ですか」
「勘だ」
ゼムスの超常的な勘が告げている。つまり、ローマンズランドが負けると。ここからどうやって負けるのか、逆にクラウゼルは見てみたくもある。
続く
次回投稿は、8/25(金)22:00です。