開戦、その257~夢の跡と笑う者⑰~
「信頼できる仲間がいないことでしょう~。彼らの仲間はもはや全滅状態~勇者ゼムスには僧侶エネーマ、重騎士ガイスト、そして軍団以外に頼れる仲間がいるでしょうか~? 意図通りに動いてくれる~失敬、それ以上の仲間がいないのはとても辛い~」
「友人なんだか駒なんだか。コーウェンにはいるの、駒じゃない友人が?」
「何をおっしゃる~当然でしょう~」
「ふーん。で、僕はどっち?」
満面の笑みで答えようとしたコーウェンの表情が、レイヤーの問いかけですうっと引いた。レイヤーのその問いは場を凍りつかせるものだ。だがその問いかけに、言外の意味がないこともまたコーウェンは知っている。
「駒ですが~いけませんか~?」
「いや、それでいいよ。友人だって言われたら、むしろどうしようって。友人にこんな無茶な指示をするようなら、そっちの方が人格を疑うね」
レイヤーはすたすたと移動すると、眼下の光景を見た。ラキアに乗ってはるか下に要塞を見下ろし、そしてディオーレがくみ上げた竜騎士を逃がさないための網のような足場さえも、かなり小さくに見える遥か上空に彼らはいる。ここにいるのを悟られないように、雲に隠れるようにしてラキアは上空を旋回していた。
コーウェンは安全な上空から自作の遠眼鏡を使って戦況を観察していたが、レイヤーは自分の目を凝らして戦況を確認することができる。その視界にははっきりと現在の戦況と、どこをどう襲撃すればよいかが手に取るようにわかっていた。
「・・・ここから急襲して、大将首を取って来いって? 無茶言うよ、正気の沙汰じゃない」
「あれ~? レイヤー少年ともあろう人が~、できないんですか~?」
「ま、このくらいの高さなら飛び降りることくらいは造作もないけど、誰にも知られないようにやるのは結構骨だ。下にはアルネリアをはじめとして、精鋭があれだけ揃っているからね」
レイヤーは戦局を見ながら、狩るべき指揮官の位置を押さえ始めた。殺せるかどうかは問題ではない。誰からどの順番で殺すかどうかが問題となる。ここからかすかに見えるほどの彼方に2つの軍団を引き離している今が好機。中心となる指揮官は7、8名。そのうち半数でも戦闘不能にすれば、遠征軍は機能不全に陥る可能性がある。
どこから取り掛かるか。レイヤーがラキアの背から前のめりになったところで、レイヤーの視界に入ったある人物の姿に、ざわ、とレイヤーのうなじが逆立った。
「コーウェン。一つ、問題がありそうだ」
「問題~?」
「やるのは敵の指揮官の半数と、可能なら勇者ゼムスってことだったけど。もっとまずそうな奴がいる」
「あなたを警戒させる~? 誰ですかそれは~」
コーウェンにして怪訝な表情。すべての戦局が予定通りに進むわけではない。当然、コーウェンとて予想外の事態は想定している。だがレイヤーがここまで警戒するとなると、ただごとではない。
レイヤー自身も戸惑っている。遺跡での戦いを経て、自分が今更ただの人間に脅威を覚えるとは思えなかった。その正体を探ろうとして、相手の視線がふいにこちらに向いた。「そんな馬鹿な」とつぶやき、思わずのけぞるレイヤー。同時に、背中のレーヴァンティンが鳴るように震えた。
「気付かれた!? いや、それよりもあれは――」
「何かわかりましたか~?」
「コーウェン、依頼は果たす。僕は敵の指揮官の何割かを戦闘不能にする。だけど、その後はしばらく自由にさせてもらう。この戦いへの復帰は無理で、アルフィリースへの伝令もできそうにもない」
「理由をお伺いしても~?」
レイヤーにここまで言わせる相手が普通ではないことは、コーウェンにもわかる。そして振り返ったレイヤーの瞳が輝くように深みを増していたので、思わずコーウェンも気圧された。
「あれは多分、僕の敵だ。殺さないといけない奴だ。仕留めるまで戻らないし、戻れない」
「――承知しました~。御武運を、レイヤー」
その言葉を最後にラキアの背から飛び降りたレイヤーに向けて、コーウェンは淑女のようにスカートの裾をつまんで恭しく礼をして見送った。
***
「こ、こんな馬鹿なことがあるか!」
ドニフェストが思わず顔面を蒼白にしながら叫ぶのも無理はない。要塞から出撃してきたのはアレクサンドリアの騎士団だけではなく、アレクサンドリアへと援軍に来ていた近隣の連合軍の旗が無数に翻っていた。ローマンズランドに攻め寄せてきた合従軍ほどではないとはいえ、ざっとした見た目でも地上軍の総数では完全にローマンズランドが劣勢には一目でわかるほどの大群。
その先頭を駆けるのはアレクサンドリアの精鋭中の精鋭、辺境に配置されているはずのディオーレ直下の精鋭騎士たち。ブリガンディ家の家紋である「盾構える乙女」の紋章が、無数に翻っていた。
それだけではなく黄金の鎧に身を固めたアルネリアの神殿騎士団、そしてカラツェル騎兵隊の全軍がこちらに向けて突撃してくるのが見えた。たしかにローマンズランドを攻める城攻めでは出番がなかっただろうが、こちらに来るには二月前には宣戦を離脱していないといけないはずだ。ならば合従軍とローマンズランドが戦闘状態に入ったその直後に、もうこちらに出向いた計算になる。その時にはこちらの戦の情報などないはず。どうして彼らがここにいるのか、ドニフェストには全く理由がわからなかった。
まるで自分たち以外の大陸の諸国だけではなく、傭兵たちまでもが全て敵に回ったような錯覚を覚える。ある程度そうなることを覚悟していたとはいえ、改めて事実を突きつけられると血の気も引こうというものだ。
続く
次回投稿は、8/24(木)22:00です。