開戦、その256~夢の跡と笑う者⑯~
「大地の精霊騎士――まさか要塞そのものを創り上げるとは!」
「いやいや、そんな大それたものではないさ。ちょっとした手妻のようなものだよ」
ディオーレの言葉は謙遜ではない。事実ディオーレの魔術は土を盛り上げ、壁を瞬時に創り上げる程度のものだった。その能力もアレクサンドリア国内では非常に強くなるが、国外ではさほどでもない。ディオーレはせいぜい撤退の際に壁を障害とし、時間を稼ぐ程度にしか思っていなかった。
発想を変えたのは、今回の作戦に際してコーウェンが持ってきた書簡。その作り主は、もちろんアルフィリース。コーウェンが薄ら笑いを浮かべながら渡してきた書簡には、要塞の詳細な設計図と共に、突拍子もないことが書いてあった。
「(魔術とは、いかに具体的なイメージを練り上げるか。言葉は創造を練り上げるための補助にすぎない。想像して、具体的な要塞の構造を。そうすれば、そのとおりに土は動くはず)」
そして設計図を基に作られた、要塞のミニチュアをコーウェンに渡された。それを手に取り眺めながら、小さな要塞を作成する練習をすること数日。本当に要塞を一晩で創造できるようになってしまったのだ。
アレクサンドリア国内での魔力の充実ぶりがあるがゆえの芸当ではあるが、げに恐ろしきはアルフィリースの発想。その一端に触れたディオーレは、自らが完成させた要塞を前に背筋が泡立った。こんなことができてしまうのなら、自分が先頭に立って侵略を本気で行えば、それこそこの大陸を席巻することだってできるかもしれない。難攻不落の要塞を創り上げながら、前進することができるのだから。
自分ですら考えたことのない可能性を、いとも簡単に指摘し実行させてしまった。たしかに正しく魔王と呼ぶべき女傑よ、とディオーレは口の端を吊り上げるしかない笑いを堪えた。
同時に、次の策をコーウェンが提示した。空に土で網を作ってしまえば、竜騎士なんて無力じゃないか、と。そしてその言葉のとおりに、想像すれば魔術が勝手に動いた。恐ろしいと思っているのはローマンズランドでもクラウゼルでもなく、当のディオーレ本人なのだ。
「さぁ、一網打尽にしてくれようか!」
ディオーレが放った言葉は宣戦布告でも敵を威圧するためでもなく、自らができることになった恐ろしさをごまかすための鼓舞だった。
***
「クラウゼルを倒すための鍵は~、3つほどありました~」
戦況を遠眼鏡で見ながら、コーウェンが呟いた。少しだけ背後に控えたレイヤーしか、その呟きとも独白ともとれる言葉を聞く者はいない。レイヤーはただ黙って、コーウェンが語るに任せている。
「一つには~、アルフィリースの言葉通り私がクラウゼルを倒す必要がないということ~。至らぬ部分は他人の手を借りる~。これは自分に絶対の自信を持つクラウゼルにはできないことです~」
策士クラウゼルの能力とは、自らの策を遂行する能力の高さにある。軍に所属しているならまだしも、傭兵でありながら一国を動かすほど作戦の中枢に入り込むのはいかに知名度があっても難しい。他人の心情をクラウゼルは巧みに操り、自分の策の有用性を語り、そして人を手足のように操ってみせることこそがクラウゼルの策士としての本当の能力だ。
まして閉鎖的なローマンズランドをここまで動かし、10万以上の軍隊の長期遠征を可能にして見せる準備。何年も――いや、下手をすれば10年近い下準備があったのではないかとコーウェンは想像する。
寒冷地から山を越えて平地に出てくる装備と食料を準備、配置するだけでもその労力は相当なものだ。大口を叩く割にはその仕事ぶりは堅実で実直なのだが、それらをほとんど一人で実行してきたはずだ。彼が賢人会で誰かと親しくしているのを見たことがない。彼にとって賢人会とは、自らの価値と名声を高めるだけの手段だった。
コーウェンだって大差はないと思っていたが、何名かは親しくしている人物がいる。そのうちの一人がカザスであり、そのカザスの縁でアルフィリースに出会った。その事実こそが一番の差だろうとコーウェンは確信している。
「もう一つは~、クラウゼルにもできないことはあるということ~。盤上遊戯は私ですら勝率5%以下~、それも駒落ちのハンデ付きでようやくです~。賢人会の他の面子は一度も勝ったことがない人がほとんど~。そのクラウゼルがある日、名もなき村の子どもに負けました~。この意味がおわかりで~?」
「・・・偶然?」
レイヤーが答えると、コーウェンはレイヤーの方を見ることなく首を横に振った。
「いえいえ~。それがですね~ズルされて負けたんです~。いわゆる~、ローカルルールという、その土地だけでまかり通るルールですね~」
「はぁ。それがどうしてクラウゼルを倒す鍵に繋がるの?」
「わかりませんか~? 彼も知らない方法には対処できないのです~。そして彼はズルだとしてその勝負をなかったことにはせず~、あるがままに苦い顔をして敗北を受け入れていました~。潔いと言えば聞こえはよいですが~、何の学びにもならない負けはあります~。彼が学ぶべきは他人の手を借りること~。盤外の一手を全て網羅することはできませんから~。火砲とディオーレはまさに盤外の一手~」
「・・・あと一つは?」
レイヤーが先回りして聞いた質問に、コーウェンは満面の笑みで答えた。
続く
次回投稿は、8/20(日)22:00です。