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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その255~夢の跡と笑う者⑮~


「貴殿、今まさか我らの国を憐れんだのか?」

「そうだと言ったら?」

「侮辱だ! 取り消してもらおう!」

「断る。国政に窮して他国を侵略するなど、まともな国家のすることとは思えんからな。話を聞いてほしくば、相応の態度と国策を打ち出して臨むがよかろう」


 ディオーレの言葉は、至極まっとうな意見だった。ドニフェストもそれがわかっているし、そもそもこの遠征軍がまっとうだとは思えないほどの理性があり、なおかつその理不尽を実行しなければならないと理解できるほど国の窮状を理解しているだけに、始末が悪かった。

 身動きが取れなくなったドニフェストを見て、クラウゼルが舌打ちをして後ろ手に扇子を開いた。それを合図に、距離を置いて控えていたローマンズランドの陣営から猛然と走ってきた者が2人。

 フードがたなびく風でばさりと取れるのも構わず、ゼムスと中将が猛然と突進してきた。2人は風のように、しかし声一つなく静かにディオーレの首を取るべく襲い掛かってきた。精霊騎士を前に殺気を隠そうともせず、オーガやサイクロプスすら両断する剛剣をディオーレは座ったまま余裕で迎え撃った。ドニフェストが声を上げる暇もなく、クラウゼルがディオーレの首が飛んだことを確信した瞬間、ディオーレの傍にいた騎士2人が剛剣を斬って落とした。

 2人の剣が勢いを止めれず、地面に突き刺さる。尋常ではないその剣力を見せた相手をゼムスと中将が確認すると、ディオーレの傍にいた騎士も応じるように兜の面体を上げた。その顔を見て、ゼムスが珍しく不快そうに問いただした。


「その剣筋。貴様、アレクサンドリアの騎士ではないな!?」

「いかにも。我が名はシグムンド=マスター=レーベンスタイン。義によってアレクサンドリアの助太刀に参った」

「私はアルネリア神殿騎士団団長、アルベルト=ファイディリティ=ラザール。最高教主の代行として、またこの戦の仲裁役としてここに来た」

「最高教主の代行」


 ゼムスもその意味がわからぬわけではない。これにはクラウゼルも下手をうったと思ったのか、表情が俄かに渋くなる。彼らとはここでまみえる予定ではなかった。むしろ、彼らの出番を遅くせんがために拙速で進軍してきたというのに、それでも不足していたというのか。

 それでも何も言わねば、全面的に非を認めることになる。苦しいと思いながらも、クラウゼルは彼らに言葉を突き付けた。


「貴殿ら、それぞれアレクサンドリアとは関係ないはずだが、どうしてこの交渉の席に? それにアレクサンドリアの鎧を着ているようだが、まさか我々を謀るつもりだったのか?」

「私は借りた。アレクサンドリアの援軍として、この場に馳せ参じたのでな。今はアレクサンドリアの使節の一員だ」

「私は勧めに従った。神殿騎士団として戦闘をするために来ているのではないからよろし姿はおかしいが、場所が戦場なので鎧を装着するように促されてな。致し方なく、だ」


 レーベンスタインとアルベルトがそれぞれ澱みなく答えたので、クラウゼルはふん、と鼻で笑って見せた。レーベンスタインはともかく、神殿騎士団のアルベルトなるものが鎧もつけずこんな戦場にのこのこ来るはずがなかろうと考えたのだ。アレクサンドリアの鎧を着ているのに、こちらを油断させる以外の意図があるものかと考える。

 そしてもっと不気味なのはディオーレだった。ゼムスと中将の剣を見て、微動だにしない。その程度では絶対に死なないという確信があるのか、はたまた何か考えがあるのか。測りかねるクラウゼルの視線に、口の端を面白そうに釣り上げて答えた。


「なるほど。彼女の言ったとおりの人物のようだ」

「彼女? どの彼女でしょうか?」

「貴殿の良く知る彼女だよ。言っていたぞ? 今代最高の策士殿はまじめ過ぎて、からかい甲斐があります~、とな」


 その口調でコーウェンの言葉であることはわかったが、その狙いが読めない。いまだ怪訝そうにしているクラウゼルに向けて、ディオーレはふっと笑った。


「彼女からもう一つ伝言だ。私一人ではまずあなたに勝てないから、遠慮なく他人の知恵と力を頼らせてもらった。長き因縁も今日で終わり、時間などにあなたの命を持って行かせはしない」


 ディオーレは椅子から腰を上げると、立つのではなく地面に手をそっと添えた。


「今日ここで、お命頂戴。だそうだ」


 その瞬間、地面に無数の亀裂が奔った。地面が陥凹したかと思うと、突出した地面がローマンズランドの軍の周囲のみならず、その頭上を網目状に覆っていく。あれでは竜騎士が飛び立つことができない。既に空にいる竜騎士はともかくとして、多くの竜騎士は頭上を押さえられ飛び立つことができなくなった。

 同時に地面を揺らすがごとく、馬蹄の響きが鳴り始めた。要塞の壁が勝手に崩れ落ち、そこから大量の騎馬軍団が出現したのだ。上空からでは確認できなかった場所に、騎馬軍団を隠していたのだ。

 そしてクラウゼルは理解した。あの要塞は工兵で造りあげたものではなく、ディオーレの魔術――いや、魔法で創りあげたものなのだと。



続く

次回投稿は、8/18(金)23:00です。

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