開戦、その254~夢の跡と笑う者⑭~
「詳細を報告せよ!」
「はっ! 第一軍は予定通りの侵攻を行い、定められた進路と速度を守っておりました。その2日目、夜襲を受けて主に食料が壊滅いたしました」
「砦の中で食料を守っていなかったのか?」
「いえ、基本通りに守っていましたが、その――どうやら敵は隠し部屋か地下にいたようで、警戒も十分にしていたはずなのですが――気づいた時には食料に火が回り、手が付けられない有様で」
報告に来た兵士は決まりが悪そうに報告した。だが第一軍を率いる将たちはいずれも熟練の将。先の夜襲にて中心となる将の何人かが死んだのは間違いないが、それだけで軍の質が著しく低下したわけではない。
それだけに、第一軍の将たちは自分たちの不甲斐なさを恥じたろう。ローマンズランド人は気位が高く、閉鎖的な割に素朴だ。そして軍には、自ら挙げた功で失態は帳消しにされる風潮がある。そうなれば次の行動は言わずとも知れる。
「食料の徴発をするために、軍を分けたな?」
「は、おっしゃる通りにございます。そこで」
徴発に出た部隊は、難なく近隣の村から食料を調達することができた。強引な手段は可能な限り取らず、金銭と引き換えにしたり、最低限の徴発とした。侵略が終わればいずれ治めるつもりでいるのだ、強引な手段は百害あって一利なし。そのあたりもクラウゼルとドニフェストは徹底していた。
そのおかげか住人の反発は少なく、むしろ食料が余っている都市や拠点まで教えてくれたのだそうだ。それを信じた将たちはさらに兵を分け――
「住民の言葉を信じ、部隊をさらに分けて各個撃破されたのか」
「は、はい。3日目には多くの部隊と連絡が取れなくなりました。それをおかしいと思う頃には、本隊の野営地に雨のようにあの火砲が降り注ぎ、多くの将兵がそこで死亡いたしました。散り散りになったところに、あの異様に速い騎馬部隊が夜襲をかけてきました。今回の夜襲は執拗で、我々は太陽が昇るまで追い回され続けました」
「――残ったのは?」
「3千にも満たない数です」
諸将が再び動揺した。本隊が3万、他の侵攻路がそれぞれ1万5千。そのうち1つを確実に潰しに来たのだ。第二軍と第三軍は一度も襲撃されていないが、時間があればどうなったか。だがこれで敵の戦力もある程度知ることができた。
「諸将、落ち着くがよろしい。敵の数はさほど多くなく、いまだ我々が有利なことには変わりがない。一息に我々を全滅する能力があるなら、3路全ての軍隊が潰されているだろう。それをしなかったのは、精鋭の騎馬部隊にも火砲にも数に限りがあるからだ」
「だ、だが――それでも軍がローマンズランドを出立してから大きな戦もないまま、半数近い人数が脱落した。これでは――」
「食料も装備も十分とは言えない状況だ」
「減った人数は増やせる、食料は奪えばいい。まずは現状の相手の戦力を把握することだ。何なら目の前の要塞は無視して、先にゲーベントを陥落させてもいい。そうすることでさらなる長期遠征を可能にすることもできる。我々は――」
「申し上げます!」
クラウゼルが諸将を落ち着かせようとして、さらなら伝令の報告に舌打ちした。間合いが悪いが、伝令の報告はその重要度によって会議を中断させてもよいという軍命にしている。聞かざるをえなかった。
「申せ!」
「敵側から使者が参りました! こちらの総大将に直接伝えたいことがあるそうです!」
「要件だけ伝えて追い返せ! こちらの総大将を誰と心得る、使者ごときが直接会えるものではないとな!」
「それが――」
「なんだ?」
「ディオーレ=ナイトロード=ブリガンディを名乗っているのです。直接話したいことがあるから、総大将かそれに準ずる者を出せと言って動こうとしません」
ディオーレと聞いて、クラウゼルも思わずドニフェストと共に顔を見合わせた。互いに予想もしない名前、アレクサンドリアの総大将ともいえる軍部の最高司令官が使者として乗り込んできたと言う。
罠か。そう目で訴えるドニフェストに、クラウゼルは使者の姿形を冷静に問い合わせた。結果、ディオーレと断じるしかない。
「ドニフェスト様、ディオーレ殿と直接の面識は?」
「ない。アレクサンドリアと我々に直接の交流はないし、何度か諸国の催しでアレクサンドリアの使節を見たことはあるが、ディオーレ殿は政から離れて久しいはずだ。そんなところに顔を出すはずもない。あるとすれば、合同演習くらいのものだろうが」
「ローマンズランドに合同演習の習慣はない」
「そういうことだ」
ドニフェストとクラウゼルは共に使者が待つ場所に向かった。突然現れた要塞とローマンズランドの陣のちょうと中央に、そのディオーレがいた。堂々と目を閉じ腕を組み、鎧姿のまま座ってローマンズランド側の交渉相手を待つ様は、実に風格があった。
見た目は幼いツインテールの少女。だがその威風は歴戦の勇将。クラウゼルも直接まみえるのは初めてのことだったが、思わず唸りそうになるほどの相手だった。
「(なるほど、あれが大陸でも伝説になるほどの精霊騎士――確かに風格がある。だが王の器ではなく、将の器か)」
「まずはそなたらの言い訳を聞こうか」
ドニフェストとクラウゼルが名乗る前に、ディオーレがゆっくりと目を開けると同時に、開口一番詰問をした。それは有無を言わさぬ鋭い質問で、ドニフェストも思わず言葉に詰まってしまう。
「言い訳とな――」
「その通り、言い訳だ。そなたらはまっとうな宣戦布告もなく、我々の国境を侵した。当然明確な侵略行為に対する慈悲は一切持ち合わせていないが、万が一、ということもある。そこで私は情け深くも、侵略者の言い訳を聞くこととした。勘違いで全滅させては可哀想だからな」
「な・・・可哀想だと?」
ドニフェストが眉を吊り上げた。まずい、これは交渉ではなく挑発だ。まさか初手から殴り合いを挑んでくるとは思わなかった、とクラウゼルが扇で口を隠しながら舌打ちをした。
「(精霊騎士ディオーレは苛烈だがその本分は国の守護であり、自ら戦を仕掛けることのない大人しい性質――とは、誰が評価したのか。とんでもない、既に臨戦態勢十分ではないか。まぁよい、この方がやりやすい。怒れる竜騎士団を万騎相手にして、どのような堅固な要塞もただで済むと思うな)」
クラウゼルはある程度の以上の確信をもって、ディオーレの挑発を受け止めていたが、穏やかならないのはドニフェストの方だ。
続く
次回投稿は、8/16(水)23:00です。