月下の舞い、その3~一流の暗殺者~
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「う・・・ぐ」
「目が覚めましたか」
少女が目を覚ますと、目の前には薄い桃色の髪をした少女が座っていた。白い杖を座っている椅子の傍に置いているところを見ると、盲目なのだろうと目を覚ました少女は推察した。
目を覚ました少女はまず状況確認のため、桃色の髪の少女をじっと観察する。
「(杖の中に・・・刃物を隠している。だが腕前は並。問題なく殺せる。それにしても・・・あの状況で生きながらえたのか)」
少女は習慣的に周囲の様子を確認しながら、自身を心の中であざ笑う。その様子が不安そうに周りを見渡すように感じたのか、桃色の髪の少女がこの少女に語りかける。
「不安ですか?」
「・・・」
少女は話さない。まだ状況が飲み込めていないからだ。そんな彼女の警戒心を察するように桃色の髪の少女が話す。
「ここはヒュンフの町。少女が川に流されていると騒ぐ者がいたので、私達の仲間が助けて宿屋まで連れてきたのです。私の仲間が見たところ、どうやら命に別状はないとのことでしたが。ああ、そういえば自己紹介もまだでしたね。私の名前はリサと言います。リサちゃんと呼ぶがいいでしょう」
「・・・嫌だ、面倒臭い」
リサが少女に挨拶をすると、つられて少女が初めて言葉を発する。その言葉に微笑むリサ。そして困惑する少女。
「(? なぜ喋った? まだ状況も把握してないのに)」
「安心しました、どうやら話せるようですね。こればっかりはセンサーの私でもわかりませんから」
リサは軽く微笑むと、少女はなぜかその表情を見ていられなかった。
「(なんだこいつ・・・やりにくい)」
少女のその戸惑いを全て見透かすかのように、リサは次々と言葉を紡ぐ。
「そう警戒しなくてもいいでしょう? 私達はだいたいあなたが何者か察していますから」
「!?」
その言葉に、少女が寝かされていたベッドから姿を消すかのように素早く飛び出し、リサの首を羽交い締めにする。
「お前何者だ? 組織の追っ手か?」
「ほほう、どこかの組織に属しているのですか」
「ごまかすな」
少女の殺気のこもった言葉にも、リサはあくまで余裕の態度を取る。少女の腕に力が少し入るのをリサは感じる。
「別にどうということはないのですよ。こちとら貴女を介抱したのですから、全部お見通しです。あれほど刃物を体中に隠していれば、普通の人間でないことくらい想像がつきますよ」
「ならばなぜ私を一人で看病している? 外に仲間がいるだろう?」
少女はセンサーではないが、レクサスと同じようなもので異様に気配に敏感だった。ただその感度はレクサスよりもはるかに上であり、下手をすると山一つ向うの気配にも気がつく時がある。彼女の不意を突くことは、事実上不可能なのだ。
だが、リサの言葉は悉く彼女の意表をついていた。
「なんとなく・・・ですね。あなたが危険な事は想像がついたのですが」
「なんとなく、だと?」
「はあ。残念ながらそうとしか説明ができません」
リサが肩をすくめて見せる。その仕草に、少女は気が抜けかけるが、慌てて引き締め直すのだ。
「危険だとは思わないのか?」
「思いましたが、だからどうだと? まさかこの様な輩だとは思いませんでしたが、まさか川で流れている人間を放っておくのも情が無い話でしょう。そういうのを私達のリーダーは嫌いますので」
「お人好しにもほどがある。その結果、お前達は死ぬことになる」
「私を殺せば、外の連中が黙っていません。強いですよ、私の仲間は?」
リサが負けじと言い返したが、少女は何の感慨も湧かない声で語るのだった。
「強いかどうかは関係ない。人間は心臓が動いて息をしていれば皆同じ。止めるだけ」
「なるほど、その物言いから察するに暗殺者の類いですか、貴女は。ですがしかし・・・」
そういってリサは少女の方を振り返ろうとする。少女は油断なく腕に力を込める。だが、
「なんと悲しい言葉でしょうか」
「?」
リサの瞳には純粋に憐憫の情が映っていた。その桃色の瞳がまっすぐ少女の茶色の瞳と交錯する。
「人にはそれぞれ意志があります。貴女にはそれがわかっていますか?」
「・・・どうでもいいだろう?」
「よくはありません。それでは悲しすぎる」
リサがいつの間にか少女の頬を捕まえていた。なのに抵抗しない自分に、少女が驚く。
「貴女は一体今までどんな人生を?」
「・・・お前には関係ない」
「いえ、もう関係してしまいました。聞くまでこの手を離しませんよ?」
「離さないなら両手をへし折るぞ?」
「それは困るので止めてください。でも離すつもりはないので、どうか別の提案を」
「・・・どうも調子が狂う」
少女は明らかに戸惑っていた。今まで人を傷つけるのにも殺すのにも、一瞬たりとも躊躇したことはないのに。
「(くそ、どうしたんだ私は・・・どうすればいい? なぜ悩む? 私は壊れてしまった?)」
少女がリサと睨み合ったまま悩んでいると、少女は何かにピクリと反応した。そしておもむろにリサをベッドに突き飛ばすと、リサの杖から刃物を取り出し彼女の喉に突きつける。
「私の武器は?」
「突然何を・・・」
「早くしろ!」
少女の剣幕にリサは異常を感じ、答える。
「外の部屋に・・・」
「よし」
それだけ聞くと、少女は部屋をつかつかと出て行く。部屋を出ると、そこにはアルフィリース達が少女の事について話し合いながらくつろいでいたわけだが、いきなり入ってきた少女を見て驚いた。
少女の方は部屋を見回すと、机の上に一通り並べてある刃物類を見て一直線に歩み寄る。
「貴女、もう歩いて大丈・・・」
「どけ」
立ちあがって少女の前に立とうとしたアルフィリースに足払いをかけ、さらに突き飛ばす。それを見て少女の動きをエアリアルが止めようとする。
「何をする!」
「邪魔だ」
エアリアルが伸ばした手を少女は掴んで、引き倒すように一回転させる。たまらず床に倒れるエアリアル。
「うわっ」
「な、何?」
「私の邪魔をするな、死ぬぞ」
少女はそう言い放ち、自分の衣服をおもむろに脱ぐ。彼女は水にずぶ濡れだったため、乾かすために下着一枚つけていない体が露わになる。
その体を見てアルフィリース達は思わず目を奪われた。少女の体は全身が傷だらけだったのだ。その光景は、とても少女のものとは思えないほど痛ましいものだった。
アルフィリース達が口を押さえる間にも、少女は目の前の刃物を収納したベルト次々と体に装備していく。
「(早い。余程手慣れている)」
楓が感想を抱く。彼女は少女の正体を直感で察していた。自分と同類。そして自分より確実に格上の暗殺者。楓は少女の危険性を察していたが、その感情にいち早く少女は反応したのか、背中を向けたまま少女は楓のみに威圧感を放っている。「動けば殺す」。そう背中が楓に告げていた。
そして少女は一通り武器を装備し終わると、再び衣服を纏う。
「武器が足りない・・・そこの女」
「え、私?」
アルフィリースが指名されて驚く。
「懐に投げ武器を隠しているな。もらうぞ」
「え、ちょ・・・あはははは、そこくすぐったいって!」
少女がアルフィリースの無理矢理懐をまさぐったので、アルフィリースがくすぐったがって笑い転げているのだった。
そのアルフィリースの懐から釘状のダガーを取り出すと、さらにエアリアルの手裏剣も手に取り、振り回してそのバランスを確認する。
「よし」
「え、何がいったい・・・」
「死にたくなければ部屋から出るな」
そう少女が言い、アルフィリース達がその言葉の意味を理解する前に窓と扉が同時に蹴破られる。アルフィリース達が反応してそれぞれが武器を手に取りに走る前に、侵入者は全て息絶えて地に伏していた。一瞬のことである。
「なっ」
「こいつらは?」
「下手に抵抗するな。狙いは私だ」
少女はそう言うと、背後より首をかき切った男から手を離し床を蹴ると、窓枠の上に手をかけ、走る勢いを利用して屋根の上に駆けあがっていった。呆気にとられたアルフィリース達が部屋を見ると、侵入者の目にはそれぞれダガーが、首には横に投げナイフが刺されるか、あるいは真一文字に首が切り裂かれていた。
「いつの間に・・・」
「なんですか、今の音は?」
リサが隣の部屋から出てくる。どうやら現状が理解できていないようだ。
「センサーが何も捉えていません。これはいったい・・・」
「認識阻害の魔術でしょう」
楓が男達の胸元を開き、張ってある札を見る。
「暗殺者の手口です。リサ殿程のセンサーをごまかすとなると、こいつらは押して知るべき手練の暗殺者です」
「口無しとどっちが上だ?」
ミランダが遠慮なく尋ねる。その問いに、楓は戸惑ったように答えるのだ。
「技術では我々でも、このような方法を我々は知りません。リサ殿に気付かれずに接近できるとなると、総合するとこいつらの方が上の可能性は十分にありますね」
「そんな連中がこの大陸にいたか?」
「どこかの暗殺団かもしれませんが、有名な暗殺団はせいぜい二流ですから。名が知れないとなると、こいつらは真の一流かもしれません」
楓の評価にミランダが唸るが、そのミランダの腕をアルフィリースが掴む。
「今はそんな検討より、あの子を追いましょう」
「なぜだ?」
「病み上がりよ? 放っておける?」
「アタイは勧めないね!」
突如、ロゼッタが露骨に反対した。
「どうして?」
「あの嬢ちゃんは普通じゃない。目つきも血の匂いも尋常じゃなかった。そうそう戦場でもお目にかかれないほどの血の匂いだ。関わらない方が身のためだ」
「アルフィ、リサは追うことを提案します」
今度はリサがロゼッタに対抗する。
「リサの言い分を聞きましょう」
「・・・あの子は暗闇の中でもがいています。誰かが導いてあげなくては」
「どういうことだ?」
「リサ、ただの同情ならどちらも辛くなるだけよ?」
ミランダが疑問を返したが、その一言でアルフィリースには理解できたのか。アルフィリースの意外な一言に、リサははっとするが、すぐに気を取り直す。
「ご心配なく、後悔はしません」
「命をかけられる?」
「もちろんです」
即答したリサにアルフィリースは少し驚くが、リサとしてもなぜ即答できたのかは不思議だった。だが少女のあの目。リサのチビ達が昔していた目に似ているのだ。
「(リサが助けなくては・・・リサならできるはず!)」
リサの心はその気持ちでいっぱいだった。アルフィリースもそんなリサの気持ちを察したのか、やがて頷いた。
「いいでしょう、私は追うわ。でも強制はしない」
「我は気が乗らないが、それがアルフィの決断なら従おう」
「もちろん私はアルフィの心のままに」
「ロゼッタはどうするんだい?」
エアリアルとラーナがいち早く頷き、他の者もそれに続く。そpしてミランダの問いかけに、ロゼッタが決まりの悪そうな顔をする。
「ここで反対したらアタイだけ悪者じゃないか。いいよ、付き合うさ。だがどうなっても知らないぞ?」
「感謝するわ、ロゼッタ」
「リサもです、デカ女2号」
「誰が2号だ!」
リサの発言にロゼッタが言い返し、リサは舌を出してロゼッタからかう。そんな中、アルフィリースは「行きましょう」とロゼッタに笑顔を向けると、部屋を走って出て行くのだった。
続く
次回投稿は7/13(水)22:00です。