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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その253~夢の跡と笑う者⑬~

現にクラウゼルの発言に顔を顰める者は既にこの場所にはいない。当のドニフェストですらも同じことだ。クラウゼルは扱いやすい軍とその指揮官にほくそ笑んだ。傀儡とまではいかないが、担ぎ上げる相手としては申し分がない。優秀でいて、自分を上回らぬほどには優秀なのだ。余計な茶々を入れぬ相手というものは、御しやすい。


「侵攻いたしましょう。次の目的地は北の中心である城塞都市ゲーベントです。ここは北側の穀倉地帯の集積地も兼ねているため、陥落させれば長期遠征が可能になります。軍を休ませるにせよ再編成するにせよ、ここを抑えることが肝要かと思われます」

「敵の罠である可能性は?」

「もちろんあるでしょうが、敵にしてもここで食料を渡す意味がありません。地上軍を緩やかに進めてもそのゲーベントまで10日あまり。竜騎士団だけを先行させれば数日で到達します。北側の侵攻路を使っている部隊と連絡を取れば、本隊に先んじて威圧をかけることも可能でしょう。私が敵なら食料はすべて焼き払って飢えさせ、細かな襲撃を繰り返して侵攻を遅らせます」

「そうだな・・・その方が兵法に適っている。よし、進むか。ただし今晩はしっかりと休息を取らせ、食事も十分に振る舞え。ここからが侵攻は佳境だからな!」


 ドニフェストの命令の下、休息と食料の補給を受けたローマンズランド将兵は息を吹き返した。砦の中からは久方ぶりに笑い声があふれ、軍は活気に満ちていた。寒冷も和らぐ土地に入ったせいか皮が中心の寒冷装備を脱ぎ捨て、それぞれが用意された装備、もしくは現地から奪い取った鎧姿へと姿を変えていく。現地で調達した鎧を黒塗りし、ローマンズランドの国旗を書き込んでいくことで、統一感と戦意高揚を図るのだ。

 クラウゼルの目にも順調に見える。おおよその戦術にも対抗するだけの策と余力もまだある。古今東西の戦術書を網羅し理解し、自らが今では戦術書を指南する側になったクラウゼルに隙はない。そう自負していたし、戦場での実践経験も十分。それでもなお油断はしないはず――そう考えていたクラウゼルの目が驚愕に見開かれたのは、翌日のことだった。


***


「なんだ、あれは・・・」


 クラウゼルはいつぶりか思い出せないほど、我が目を疑うという言葉を久しぶりに思い出していた。

 ゲーベントに一直線に向かっていたはずだ。それまでの道程には、見張り所に過ぎない程度の、兵士200人も籠れば溢れ出すほどの名もなき小さな城しかなかったはずだった。侵攻の直前にも人を雇って調べているし、この侵攻の最中にも調べている。報告書の作成日は20日ほど前のこと。つまり、目の前に出現した巨大要塞はこの20日ほどで完成したことになる。先行させた竜騎士の偵察兵から報告が上がった時には信じられないと思い、報告が正確ではないとクラウゼルは考えていたが、こうしてみるとどう見ても張りぼてではない、本物の要塞だった。

 

「どうなっている?」


 ドニフェストの疑問を、クラウゼルこそが聞きたかった。ドワーフが20日間夜を徹して作業をしようが、工夫を5万人使おうが、こんなことは不可能だ。城壁の作製とはそんな簡単にできるものではない。目の前要塞は、少なくともサクアビッツ砦の5倍近い規模がある。これだけの規模があれば、5万近い軍でも立て籠もることが可能だ。

 その城壁には、アレクサンドリアの旗が無数に翻っている。それだけではなく、万全の戦闘態勢を整えた軍が城壁の上を右往左往しているのが見える。竜騎士の火箭を防ぐためか城壁の前には軍を展開させていないが、中にはどれだけの軍隊がいるか想像もできなかった。


「・・・完全に、対ローマンズランドを想定した要塞です。奴ら、ここを決戦の場にするつもりのようです」

「対我々だと?」

「御覧なさい、総司令官殿」


 クラウゼルが指した先には、竜騎士の火箭を防ぐための壁が城壁の上に築かれていた。弓矢はその隙間から打てるようになっており、先の火砲も多数見える。そして開閉式の扉を備え付け、簡単には火砲を沈黙させられないようになっている。

 城壁も通常の倍近い高さだが、さらに物見の塔から高低差をつけることで、空からも一息に制圧できないように工夫されていた。火砲がある場所を攻撃しようとすれば、さらに上空から矢が降り注ぐだろう。これが対竜騎士を想定していなくて、なんだというのか。

 ここまで対竜騎士を想定した城壁を、クラウゼルは見たことがなかった。アレクサンドリアの矜持――人間が魔王に反抗して打ち立てた最初の祖国を侵略されてなるものかという誇りと、鉄の意志を感じ取れるような要塞だった。

 そしてクラウゼルとドニフェストの驚きはこれにとどまらない。互いにやり取りをするために他の3路に飛ばしていた竜騎士たちが戻ってきたのだ。


「申し上げます!」

「申せ!」


 突然現れた要塞を前に諸将が集まっているため、報告は自然と声が大きくなる。


「第三軍の侵攻は順調、予定通りの侵攻速度を維持。次の侵攻指示を求む!」

「翌日の予定まで侵攻後、周辺を警戒しながらこちらに合流されたしと連絡を!」

「第二軍はいかがいたしますか!?」

「敵の後方を突いてもらう。竜騎士団だけをこちらの会議に寄越せと伝えよ!」

「第一軍より申し上げます! 我らは――」

「なんだ、聞こえぬ。もっと大声で申せ!」

「第一軍、壊滅いたしました!」


 壊滅の報告に、どよ、と諸将と軍に動揺が伝播した。言わせてからクラウゼルは「しまった」と思った。報告が矢継ぎ早に来るせいで、伝えるべきでない報告まで吟味する前に知らせることになった。

 第一軍、つまり本隊の北側を進行させていた部隊だ。それがわずか数日で壊滅するとはどういうことか。今更隠す方がよほど体裁が悪い。クラウゼルとドニフェストは顔を顰めながらも、報告を上げさせた。



続く

次回投稿は、8/14(月)23:00です。

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