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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その252~夢の跡と笑う者⑫~

 既に眼前にはアレクサンドリア最西端の砦が見えている。頭上には散開した竜騎士たちが隊列を作り、威容を形成する。ドニフェストを先頭とする、主功となる遠征軍3万が、眼前の砦を一飲みにしようと殺気立っていた。


「全隊、停止」


 竜騎士の統率はドニフェストが直接行うが、地上軍の指揮はクラウゼルに任されている。このまま一息に襲い掛かろうとするところを、クラウゼルは一度停止させた。

 そして頭上のドニフェストの周辺を見ると、既に上空から偵察を終えたドニフェストから侵攻するように命令が出ている。

 クラウゼルは竜騎士の何体かが一度も反撃を受けずに城壁にとりついたのを見て、怪訝そうに表情を歪めた。


「無抵抗・・・? 馬鹿な」


 押し寄せたサクアビッツ砦は、アレクサンドリアの最西端としてそれなりに堅固に造られた砦だ。紛争地帯からの軍や魔物の侵入も何度も防いでいるし、この規模の軍隊で押し寄せたとしても、数日の攻防戦は覚悟していた。こちらが3万だとしても、1万も配備されれば、最大7日はかかると踏んでいたのだが。

 クラウゼルは半信半疑のまま、サクアビッツ砦に近づき、無抵抗な砦を接収した。アレクサンドリアの軍隊は余程慌てて逃げだしたのか、門すらきちんと閉じられていなかった。

 無血開城に成功したドニフェストは、満足そうにクラウゼルの元にやってきた。


「アレクサンドリアの奴ら、恐れをなして逃げたようだな」

「はぁ・・・それはなんとも言えませんね」

「なぜだ? アレクサンドリアに到着する頃には、連中の防備体制はまともに機能しないだろうと言っていたのは当の貴様だが?」


 ドニフェストの問いかけに、クラウゼルは何とも答えられなかった。サイレンスがアレクサンドリアの内部に様々な仕掛けをしていたのは知っている。そしてローマンズランドを動かしてアレクサンドリアを殲滅し、ローマンズランドが被害を広げるのがオーランゼブルの目的だろうこともクラウゼルは知っている。その策に乗じて、大陸の統一をするのがクラウゼルの目的だった。

 だから、オーランゼブルとしては被害が広がらないと――つまり、戦争で人が死なないと困るはずなのだ。だからアレクサンドリアの戦力を削ぐのは良いとして、無抵抗ではオーランゼブルとしても困るのではなかろうかとクラウゼルは考えていた。

 何かがおかしい。サイレンスがそもそも完全に制御できていない可能性も考慮していたが、それにしても辻褄が合わない事態を前にして、クラウゼルの返事は曖昧なものとなった。

丁度その時、砦の内部を調べさせていた兵士が報告を上げてきた。


「申し上げます!」

「許す」

「砦内には食料、装備ともにそれなりに備蓄があり、そのまま接収して侵攻が可能と思われます。何日分かは数えないといけませんが、7日程度なら問題はないかと」

「竜の飼料になりそうな食料は?」

「数日は確実に」

「ふむ。ならば今日はこのまま侵攻を継続して問題なさそうだな、クラウゼル?」


 ドニフェストの問いかけにも、クラウゼルはすぐに反応しなかった。


「(仮にサイレンスがやり過ぎたとして――アレクサンドリアの軍の機能が完全に停止していたとする。ならば人形兵が形だけでも配置されているはずだし、こちらの侵攻を補助するなら勧告してきてもよいのではないか。もし逆にサイレンスが全く機能しないとして、この砦でローマンズランドに抵抗しないのもおかしい。ここから先にはろくな防備を備えた砦がないはずだし、あったとして都市と一体化している砦や城がほとんどだ。そこに竜騎士団が襲い掛かればどうなるか、わからぬ連中ではないだろうに)」


 住民がいる状態で、竜騎士団を相手にする。つまりは、住民を相手に人質に取られながら戦うということ。民家の10でも焼き払った後に降伏勧告をすれな、相手は揺らぐ。もう10で住民の心が離れ、もう10も焼き払えば殺気立った住民が内紛を起こすだろう。それから動けば勝利は確実になる。

 つまり、この砦で全く抵抗しない意味がわからない。アレクサンドリアがサイレンスを退けたとして、それならば食料など焼き払えばいいのだ。実際にここまでそういった遅滞戦術を散々行ってきたのだし、そうしない理由が思い当たらない。

 クラウゼルは考えをまとめてから、ドニフェストに質問に応じた。


「すみません、王よ。考え事を」

「――その呼び方は適切ではない。私の立場は王弟であり、総司令官だ」


 アウグスト亡き後、ドニフェストは暫定的に総司令官としてこの遠征軍を率いることを宣言したが、その滑らかな動きに将兵はなんとなく想像をつけつつある。ここまでくればスウェンドルの影響もなく、ドニフェストが望めばその土地を切り離して王として即位することも可能だと。そもそもアウグストがそうなることを期待されており、それを将兵も知っていた。アウグストが死ねば、子どもでも同じことを考える。

 クラウゼルが言わずとも、ドニフェストが匂わせずとも、全員がそう考え始めていた。



続く

次回投稿は、8/12(土)23:00です。

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