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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その251~夢の跡と笑う者⑪~

***


 結局、ローマンズランドが動いたのはそれから4日後のことだった。

 死亡した兵士の弔い、負傷した兵士の手当て、損耗した食料や装備を整え出陣をするのにそれだけかかったのだ。

 それが遅いとは、ドニフェストを含めるローマンズランドの将校は誰も考えてもいなかった。ローマンズランドは大陸最大の軍事大国で、最強の竜騎士団と常備軍を持ち、魔獣討伐や衛星国の代理で戦争を繰り返す自分たちは、どの国よりも練度が高いと信じて疑わなかった。

 ただ一人、クラウゼルだけが内心で焦っていた。クラウゼルは古今東西、誰よりも世界の軍備に、歴史上の軍隊に詳しいと自負していた。その彼をして、イェーガーの戦術理論、特に情報伝達に関しては舌を巻いた。コーウェンがいることで見事な軍隊の統率についてはある程度想像ができたていたが、部隊内のやり取りと情報交換の速度はクラウゼルの想定を遥かに超えるものだった。この与えた4日間がどのように転ぶのかは、クラウゼルにも想像えきなかった。

 これを考えたのはコーウェンではない。そう感じたクラウゼルはアルフィリースに接し、その独特な発想と知性にいたく感心した。総じて自分の知性を上回るとは思えないが、部分的には――特に、型破りな発想をする点では、自分は及びもつかないと断じた。

 例えるなら、足場を一つ一つ作って堅実に登ろうとしていると、アルフィリースは頭上のとっかかりに縄を引っかけてよじ登る。とっかかりがなければ、自分で何かを投げて刺してしまう。そんな印象さえ受けた。

 味方でよかった。今回クラウゼルがアルフィリースに抱いた正直な感想である。あるいはいずれ雌雄を決してみたいとも、彼女が長じて何を成すか見てみたいとも、はたまたあのローマンズランドの土地でスウェンドルとともに死んでくれないかとも、どれもがクラウゼルの本心だ。

 だがその願いの内一つが、思いのほか早く叶いそうだ。今まで進軍の妨害をしているのは、ナイツオブナイツだと思っていた。彼らは国外での諜報活動が得意だし、それほど数がいるようにも見えない。直接的な攻撃をせず、情報操作と小細工ばかりを弄してくるからだ。手勢もいるように見えなかったので、大規模な襲撃はないと高を括っていった。だから、これみよがしに置かれた物資を見て、ナイツオブナイツの妨害工作と考えるも、これといった対策もせずに軍を分散して陣地を作成してしまった。これに関してはクラウゼルも弁明の余地がない。

 そして昨晩襲撃してきたのは、明らかに練度が高すぎる騎馬部隊だった。ローマンズランドの陸軍は決して有能とはいえないとクラウゼルは思っているが、それでも紙のように一方的に蹴散らされ、蹂躙された。あそこまで見事な統率を見せるとなるとカラツェル騎兵隊くらいしか思い当たらないが、馬の性能があまりに違いすぎた。まるで牛とウサギほども機動力が違う。一合打ち合った隊長が馬先を返したときに、折り返してきた相手に振り返りざまに首を刎ねられるなど、想像できようはずもない。騎馬隊長の驚いた表情のまま宙に舞った首が、すべてを物語っていた。

 そうなると数は少なくとも、イェーガーには大草原の馬を用いた騎馬部隊があると聞いたことがあった。寒冷地での防衛戦には連れてきていなかったが、どうやらこちらに展開させていたのだ。何食わぬ振りをしてローマンズランドに所属し、その一方でローマンズランドの侵略を防ぐ準備をしていたことになる。

 とんだ二重契約。傭兵にあるまじき行いだが、クラウゼルはこれも感心していた。バレれば死刑以上のひどい扱いがアルフィリースには待っているだろうが、その危険性を踏まえた上で当然行動しているだろう。その肝の据わり具合、読み。どれもが若い娘のやることではない。


「戦争とはいかに下準備をしたかの争いだが、これは我々の方が負けているかもしれないな――」


 スウェンドルの数十年をかけた策に、自分が数年がかりで上乗せした戦略を、わずかな準備期間で上回ろうとしている。今からローマンズランドへと竜騎士を飛ばしてアルフィリースの処断を訴えてもいいのだが、それがこの遠征軍に影響するとは思えない。ましてそんな決着をクラウゼルは望まないし、アルフィリースの顔が浮かぶととてもそんな気分にはならないのだ。

 

「情にほだされたとでもいいますか・・・いや、それも策略? 色仕掛けは通じないと思っていましたが、とんだ人たらしだ」


 クラウゼルはくっ、と自嘲した。まさか他人を惜しむとは、自分も変わったものだ。いや、寿命が近いから、自分のことを知ってくれる者に生きていてほしいのか。彼女は数少ない、自分が本音を語った人間なのだから――そんな感傷にクラウゼルが浸ったことを知る者は、誰もここにはいない。

 クラウゼルも少しの間だけ感傷に浸ると、すぐにその顔を上げた。軍を分散し、一度に4路の侵攻にてアレクサンドリアの主要都市に襲い掛かる。ここからが戦争の本番なのだ。



続く

次回投稿は、8/10(木)23:00です。

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